翠の間
□青天の霹靂 〜在り処〜
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その男が腕に千歳を抱き、しなやかにすたりと地上に降り立った時、
バシッ!!!
何かを叩く音が響いた。
「っ! 何をする!!!」
「こら、風間!あんた、私の森で何やってるの!!!」
凛とした女の声に、千歳は男の腕から飛び退いた。
風間と呼ばれた男と睨みあっていたのは、千歳よりも背の低い少女だった。
その少女の後ろには、忍び装束に身を包む女性が一人と、大柄の赤髪の男に、長髪巻髪の男。
千歳の視線に気付いた少女は、
「貴方、怖かったでしょ。あら、貴方は。。。」
訝しげに自分を見る少女の視線に耐えきれず、千歳はまた逃げようとしていた。
「ちょっと待って、貴方、初霜一族の方じゃなくて?それとも朧?」
“初霜?”
“朧???”
“初霜。。。。。”
“朧。。。。。。”
“はつしも”
“おぼろ”
確かに聞き覚えのあるその言葉を、頭の中で反芻するうちに、目の前がぐらりと歪む。
血塗られた記憶が頭の中に次々と映し出され、封印されていた何かが次々に脳の中で活性化するように湧き起こる。
情報量の多さに付いていけない身体が悲鳴を上げ、ガタガタと全身が震えだす。
「ガッ、くはっ、う、ぐっ、、、」
千歳の異変に気付いた赤髪の男 天霧 九寿が、ワナワナと震える千歳のその両腕を強く拘束した。
「不知火!風間!何故かわかりませんが、この者は強い力を封印されているのでしょう。その封印が今解けるのです!何が起きるかわかりませんよ!危険です、千姫はお下がりください!」
長髪巻髪の男 不知火 匡は、
「チッ、面倒臭いぜ。封印が解けるつったって女鬼だろ?たかがしれてるだろう。」
「ほう、面白い。」
不知火と風間が千歳の前へ進み出る様を見ながら、千姫は告げる。
「遠い昔は、女鬼といえど、宿す力によっては男鬼に勝るほど強大な力を持つ者も有りました。女鬼だからって馬鹿にしていると痛い目に合うわよ!」
この少女、千姫こそが日の本の鬼を統べる存在だった。
『うわあああああぁぁぁ!!!!』
千歳の雄叫びと共に、その姿が変貌する。
青い髪は透けるような銀色へ、空色の瞳は輝く金色へ。
紅い紋様に縁取られた頬、白くて長い腕や脚にも紅い紋様がくっきりと浮かび上がる。
額には鬼の証である角が、四本。
身に纏うは、凄まじい程の霊気。
天霧の腕も振りほどかんとするその怪力にも関わらず、皆その姿を神々しいと感じていた。
鬼本来の美しい姿に、ここにいる鬼である皆が魅入っていた。
「四本ですって!本当に信じられない。。。。。」
「千姫!それより封印術を!!!」
叫ぶ天霧に、千姫は答えた。
「ここでは無理よ。一旦連れ帰りましょう。」
「え?えぇ!!!こいつを?どうやってだよ!?!」
狼狽える不知火に背を向け、千姫はひらひらと手を振りながら答えた。
「それは彼方達が考えて、じゃあ頼んだわよ。」
「おい!待て!待たぬか!」
珍しく慌てる風間に、不知火がニヤリと笑う。
「この女鬼を見つけたのは、おまえだったよなぁ、風間?」
「それがどうしたというのだ。」
「悪いが俺は女鬼に振るう拳は持ってねえ。」
「ふん、それは鬼ならば誰しもしれたことだろう。」
古来より鬼の世では人の世と違い、女鬼の出生率が少なく希少だった為、男鬼は女鬼をとても大切に扱ってきた。
「だからだ、おまえが見つけたんだ。今回は、おまえが貧乏くじ引いたってことで、なっ!」
「なっ!不知火、貴様!この俺に女鬼に手を上げろというのか!!!」
「だってよ、このままじゃ、埒があかねえし、この譲ちゃん、連れて帰らねえとなんだろ?」
その時だった。
『。。。。離せ。。。。。』
音として耳からではなく、直接脳に響くような音に、千歳を押さえていた手を離した。
「天霧!なぜ離すのだ!」
視点が定まらないようなどこか虚ろな天霧の様子に、風間は瞬時に千歳の傍へと飛ぶ。
風間は千歳と目が合った瞬間、その瞳が金色ではなく、紺碧であることに気付く。
「不知火!こいつの目を見るな。何かあるぞ。」
一瞬遅れたがすぐに千歳の傍へ飛んだ不知火も、瞬間に理解する。
「鬼本来の姿に戻ってるってのに、瞳が碧いってか!なんだ?」
「俺にもわからん。」
「おい!天霧!しっかりしろよ!」
仁王のように立ち尽くしていた天霧の背中を、ドンと不知火が叩く。
「ッ、ハッ!私はどうしていたのでしょう。」
我に返った天霧に、不知火が言った。
「ケッ!笑わせんじゃねえよ。戦闘中に寝てたってか?!?」
「いえ、違います。この者、言の葉で目の前のものを操ることができるようだ。二人とも、気をつけてください!」
「なるほどな。ならば、言葉を発する前に終わらせるまでだ。今回は俺はやる。」
そう言い終わるか否か、風間の姿が金髪から銀の髪へ、紅蓮の瞳は金色へ変わったと思うと、ふっと姿が消えた。
『っぐ。。。。。。。』
ぐらりと揺れる千歳の身体を、風間の両腕が抱き止めていた。
力が抜け気を失った千歳を見下ろし、風間は思った。
(確かに女鬼だが、混血のこの娘が何故あのような力をこの身に宿しているのだ。数奇なものだ。それ故哀しむのか。)