翠の間
□青天の霹靂〜出逢い〜
2ページ/6ページ
(新撰組って人達に助けられ、寺に身を寄せていたがそろそろ潮時か。)
千歳は、寺の仲に咲く一本の桜の花がはらはらと舞うのを眺めながら、そんなことを考えていた。
寺の住職は、とても親切にしてくれはしたのだが、それが返って千歳には居心地が悪かった。
出て行くことと感謝の意を住職に伝える千歳に、女子がその身なりでは不憫だと、簡素だが継ぎ接ぎのない辛子色の着物をくれた。
千歳は、なんていい人なんだ!と感動し、貰った着物に着替えもう一度礼を述べ寺を後にした。
(住職に言われた通り、一応新撰組ってとこを訪ねてみるか。)
腕組をし市中を歩いていると、見覚えのある羽織姿の男達が目に入る。
千歳は躊躇うことなく、彼らに歩み寄った。
それに気付いた先頭の男が立ち止まり、鋭い視線で千歳を射抜いた。
その黒い笑みと不気味な恐ろしさに千歳が思わず立ち止まると、
「な〜んだ、人違いか。てっきり復習にでもやって来たのかと思ったよ。」
先ほどとは打って変わって、ニコニコと軽いノリで言葉を口にすること男は、新撰組一番組組長 沖田 総司。
千歳はその笑みの真意に戸惑いながらも、言葉を発した。
「あんたら新撰組って人達か?」
「そうだけど、僕たちに何か用?」
「俺は新撰組に助けられたらしい。しばらく厄介になっていた寺の住職が教えてくれた。礼を言いたいと思ったのだが。」
「ふ〜ん、喋り方まで似てるんだ。。。」
まじまじと千歳の顔を覗き込むその男の不敵な黒い笑みに、背中をツーっと嫌な汗が流れた。
「む、無理ならばいい。そう伝えてくれ。」
そう言って踵を返そうとする千歳の手首がグイッと引かれる。
「ちょっと、待ちなよ。たぶん、はじめくんが助けたってあれか。。。いいよ。面白そうだし、付いて来なよ。」
そういうと、そのまま手を引き沖田は歩き出した。
一番組と共に新撰組屯所へとやってきた千歳は、大きな広間へ案内されここで待つよう沖田に言われた。
「言っとくけど、勝手に居なくならないでね。逃げられると斬っちゃうかもしれないから。」
去り際にさらりと沖田に言われた言葉を思い出し、千歳はぶるっと身震いした。
(さらっと礼を言って帰るつもりだったが、、、とんでもないところに付いてきちまったんじゃねぇのか。嫌な感じがする。)
早く帰りたい衝動に駆られるが、先程の沖田の言葉に動くに動けずいると、誰かが襖を開けた。
「いや〜、待たせて済まなかったね。君が斎藤くんが助けたという子か。俺は近藤だ。わざわざ礼を言いに来てくれたのだろう。今、茶菓子も用意させている。ゆっくりするといい。」
大きな声と人当たりの良い笑顔で出迎えるこの男こそが、新撰組局長 近藤 勇。
「ほんとによく似てやがる。」
続いて入ってきた長い黒髪に秀麗な男が、新撰組副長 土方 歳三。
「これじゃ、斎藤も間違えるよな。」
「今頃どうしてんのかな〜。元気にやってんのかな?」
「あいつはそう簡単には死なねぇだろう!」
その後ろから、ぞろぞろと入ってくる面々は二番組組長 永倉 新八、八番組組長 藤堂 平助、十番組組長 原田 左之助。
次々に入ってきた男達にまじまじと観られ、千歳は固まっていた。
(う、、、寒気がする。)
それに気付いた沖田がクスッと笑い、開け放たれた障子を閉めた。
千歳の横へやってくると、ドカッと座り、
「良く見ると髪の色も龍之介よりは淡いし、瞳の色も違うけどね。
とりあえず、座りましょうよ。この子、豆鉄砲を喰らった鳩みたいだし。」
そうだ、そうだなと座り込んだ男たちに、
(いや...輪になって取り囲んで座られても、それはそれで困るんだけど........)
こほんと咳払いをし、土方が話を切り出した。
「いきなり済まねえ。おまえが以前ここにいた奴によく似ててな、なんてぇか、みんな懐かしいんだ。良かったらしばらく話相手になってくれ。」
「はぁ・・・」
話相手というか勝手にわいわい盛り上がる男達に千歳は圧倒されつつも思案していた。
この中にあの深い藍色の瞳の兄さんはいないようだな。
助けられたときの記憶はちゃんとある。
あの眼差しが深すぎて忘れようとも、叶わない。
できることならもう一度逢いたいと心の何処かで期待していたが、いないということだろう。
期待なんてするもんじゃあないな。
ふっと苦笑いした千歳は、
「あの〜、悪いがそろそろお暇する。本当にありがとう。助けてくれた兄さんにも、そう伝えてくれ。」
頭を深く下げると、
「ああ、もうそんな時間か。では達者でな。またいつでも遊びに来なさい。今日は楽しかったよ。」
「おい、近藤さん、いつでもって訳にはいかねえだろう。」
「おお、そうだったな、すまん、トシ。」
一同がどっと笑う。
(なに?ここ笑うとこなのか?)
千歳は、取り敢えず苦笑いを張り付けていた。
皆に見送られ帰路に着く。
流れ者に優しくするなんて、変わった奴等。
そう思い、屋敷を後にした千歳だった。