風花の間

□苦手なタイプ【中】
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次の日、じーちゃんとお墓参りを済ませ、山へ行くじーちゃんに着いて行く。

この辺りは鹿や猪、猿も出る。

自然いっぱいのここが、母や妹の眠るここが大好きだ。

胸いっぱいに、新鮮な山の空気と、家族の空気を、吸い込んだ。



その日の午後、新幹線で田舎を離れた。

夜遅く自宅に帰り、残りの休みは買い物に行こうと決めた。

お盆休みが明けると夏期講習も残り2週間。

それを乗り切れば、午後から出勤の夜型化に戻る。

普段は一般的な勤務時間とは違うためか、ご近所さんともほとんど顔を合わせることがない。

斎藤くんの存在もぜんぜん知らなかったし。

(斎藤くんかぁ〜。。。)

お祭りなんて久しぶりだ。

田舎で家族と行った記憶はあるが、小学生の頃だ。

それ以外は大学生の時、その頃付き合ってた彼と花火大会に行ったことがあった。

それなりに楽しかったのを思い出し、くすっと笑った。

あの時の浴衣、どこいったかな?

そう思い、クローゼットや押入れの中をゴソゴソ探していると、ふいにチャイムが鳴った。

(なんか嫌な予感。)

『はい。』

『斎藤です。』

『はい、なにか?』

『電気がついていたので電話したのだが、、、出なかったので来た。あんたに渡したいものがある。』

『は〜い、ちょっと待ってね。』

ガチャ。

チェーンはそのまま鍵を開けると、隙間に斎藤くんが現れる。

「今晩は。」

「ああ、おかえり。」

「っ!////」



(だめだ。。。///)

おかえりって言葉に弱い私。

昔から普通の家庭では当たり前に母親が言ってくれる “おかえり”に、酷く憧れがあった。



「どうかしたのか?」

「いや、別になんでもないよ。渡したいものってなに?」

すると斎藤くんは一枚の紙を隙間から渡す。

「剣神社の参りの案内だ。万が一、忘れることがないようにと思ってな。」

「ドタキャンなしでってわけ?」

「そ、そうではないが。。。」

(あ、仔犬だ。耳垂れてる。)

「うそだよ。ちゃんと行くよ。」

「そうか!よかった。ならば当日は現地で待ち合わせることになるので、その、よければメールアドレスを交換できればと思ったのだが。。。」

「いいけど、私、豆じゃないよ。」

「ああ、ありがとう。」

「ここに書いて、後で送るから。」

隙間からボールペンとパンフレットを渡し、記入してもらう。

左手でスルスル流れ出すアルファベットに、

(いつ見ても綺麗な字だな〜。)

「これでよろしく頼む。」

「あ、はい、了解。」

パンフレットから顔をあげると、優しく笑う斎藤くんの顔があった。

「///なに?」

「あ、いや、その、久しぶりに顔が見られたと思っただけだ///」

「え? あ! はぁ///」


しばらくお互い赤い顔で下を向いていたが、

「ごめん、今日は帰ってきたばかりで部屋散らかってるし、よかったら明日おいで!」

「!!!いいのか!だが、明日も朝から稽古があって、帰りは夜だ。。。」

「じゃあ、無理だ。」

「ならば!いっそう!明日の稽古は!」

ちょっとからかうと、とんでもなく暴走しそうな斎藤くんは面白い。

「うそうそ、無理じゃないから、帰ったらおいで。」

「いいのか!ありがとう!」

(あ〜あ、尻尾が振り切れそうだ)

「うん、じゃあね。おやすみ。」

「ああ、おやすみ。」

にっこり微笑む斎藤くんは、そんじょそこらの女子より可愛いことこの上ない。

(なんかすっかり手名付けちゃったなぁ〜。)

自分でも明日なぜ彼を呼んだかわからなかったが、斎藤くんを単純にかわいいと思う。

自分を慕ってくれる生徒を思う講師の心境。

それが一番近いだろう。



次の日、ゆっくりと起きて、買い物に出かける。

時期的にショッピングモールには浴衣コーナーがあり、私の足が止まる。

色とりどりの髪飾りや簪がたくさん並んでいて、思わず手に取る大きな薄紫色の牡丹の髪飾り。

レジで支払いを済ませる。

普段はあまり華美な服装はしないが、じーちゃんの浴衣の為に誂えたようなその髪飾りを一連の作業のように買った。

確かにお祭りを楽しみにしてる自分。

斎藤くんと行けるから?

そこら辺がわかんないけど。

その後本来の買い物を済ませ、遅い昼食を軽く一人で取り、家路に付いた。




帰宅しテーブルの上のパンフレットを見て、斎藤くんにメールするのをすっかり忘れていたことに気がつき携帯をいじる。

しばらくすると、

“20時頃になりそうだ”

斎藤くんからの返信があり感心する。

(やっぱ、見事な忠犬ぶり。)



遅い昼食のせいでお腹も空かないので、とりあえずシャワーを浴びてタンクトップに短パン姿でPCをいじっていると着信がある。

“帰宅した。用意ができたら伺います。”

完結なメールは好きだ。

“了解。”

それだけ返して、またPCに向かうが自分の服装に気付き、ブラとTシャツ、スエットを身につけた。



ピンポーン♪

20時ピッタリに鳴るチャイム。

相手は彼しか考えられず、ガチャっと鍵を開けると、驚く斎藤くん。

(あはっ♪ ちょっとかわいいwww)

チェーンはかけてあるので、

「はい、ちょっと待ってね。
あ、、、いちおう確認。
まだ塾生と講師なので、不埒なことは起こらないと誓う?」

コクコク頷く姿が、とってもかわいい♪

「じゃあ、ちょっと待ってね〜。」

チェーンを外しドアを開けると、

「あ、ありがとう。お邪魔します。」

礼儀正しく挨拶をして入る斎藤くん。

お風呂上がりなのか、いつもはふわっとした髪が、濡れてぺしゃんこだ。

(なんで?こんなかわゆいのかな〜)

くすっと笑ってテーブルの椅子へと斎藤くんを座らせる。

麦茶を出し自分も座り、お祭りのパンフレットを取り出して、気になっていたことを尋ねた。

「斎藤くん、剣道やってるの?」

「ああ、子供の頃から習っている。」

どこの道場がこんな流派だとか、先生がどうだとか、いろいろ詳しく長々と語り教えてくれるけど、ちっともわかんない。

(ほんとに好きなんだな〜。剣道。)

「ふ〜ん。それで、上手なの?」

「いや、まだまだだ。」

「そうなんだ。お祭りではなにするの?」

「祭りでは、試合の前に形の演舞を行う。その後、一対一の試合が3回執り行われる予定だ。」

またも形についての講釈が延々と続き、さっぱりわかんないので問いかける。

「斎藤くんもやるの?」

「形の演舞は出る。試合の組み合わせは当日にならないとわからないのだが、たぶんどれかには出るだろう。」

「ふ〜ん。」

「じゃあ、17時には行ってたほうがいいの?」

「できれば、その方が嬉しいのだが。。。」

「じゃあ、着いたら声かけるね。」

「ああ、できればでいい。俺たちは社務所の控室で用意する故、そちらに、、、、や、やはり、社務所はやめておこう。」

「なんで?」

テーブルに頬杖を付いて聞くと、

「いや、それは、その、道場の連中は何かと賑やかなので、あんたにいろいろとちょっかいを出すだろうからな。」

「別に、構わないけど?」

「あんたがよくても、俺が嫌なのだ。///。」

(テレた。かわゆい♪)

「ふ〜ん。。。みんなには内緒ってわけ?」

「そういうわけではないが。。。」

(なんだろう。チクっとする。)

「じゃあ、私行ったことないから、待ち合わせ場所と時間は斎藤くんが決めてね。解りやすい場所で!」

「行ったことがないのか?」

「うん、初めてだよ。有名なお祭りってのは知ってるけど。」

「わかった。終わったらメールする故、待っていてほしい。なるべく迷子にならず、行ける場所を考える。」

「迷子って、、、失礼だな〜!」

「すまん。何というか、ちょっと心配なのだ。あんた一人でうろうろして、何かあったらとも思うが、道場の連中にもちょっかいを出されても困る。」

「あ〜、心配いらないよ〜。鉄壁の高月ってくらいだよ。何かあるわけないじゃん!」

「はぁ〜、自分のことは意外とわからないものだが、あんたのその解釈は間違っているぞ。」

「どこが?」

「塾生のいう鉄壁というのは、高嶺の花という意味合いが強い。どちらかというと、あんたが考えているのとは逆の意味だと俺は感じるが。。。」

「はあ?そんなわけないじゃん。。。」

「知らぬは本人ばかりなり。だな。。。まあ、そこも気に入っているのでいいのだが。。。/////」

一人ボソボソと呟き赤くなる斎藤くんを、不思議に思いじーっと睨んでいると、それに気付いた斎藤くんが慌てて尋ねてきた。

「と!ところであんたの田舎とはどこなのだ?遠いのか?」

「遠いといえば、遠いかな。」

「どこにあるのだ?」

「新幹線と電車乗り継いで2時間、最寄り駅から車で30分の山の中だよ。」

「東か?西か?」

「西。」

「近畿の辺りか?」

「まあ、そんな感じ。」

「それ以上は教えてくれんのか?」

(あ、また仔犬モードきた!)

「ん〜、聞きたい?」

「ああ!ぜひお願いする!」

(クソッ!かわゆい!)

「だめ〜。教えな〜い。」

「くっ、なっ、なにゆえっ!」

眉間に皺をよせ、絞り出された低い声に、ドキリとさせられる。

( 心臓に悪いよ。この声、ってえか腰にくる。///)

急に抱きしめられたあの日のことを思い出し、速まる心臓。

斎藤くんの強い眼差しに、私のほうが危ない。

警報音が頭の中で鳴り響き、

「ま、またの機会に教えてあげるから、今日はこれで終わりね。もうこんな時間だし。」

時計を見ると、22時。

ほとんど斎藤くんの剣道の講釈で時間が過ぎた訳だが。。。

「今日の処は諦める。遅くまで済まなかった。」

「ううん。いいよ。じゃあ、また塾でね。」

そう言って素直に諦めてくれてほっとする。

万が一あの声で詰め寄られたら、正直自信ないし。

あの声で不埒な言葉なんかいわれちゃったら、どうなるんだろう///!

考えただけでドキドキする私は、やっぱり欲求不満なんだろうか。。。

末恐ろしい、斎藤 一。。。
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