翠の間

□青天の霹靂〜一縷の光〜
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畳に横たわる背中から、ひんやりとした淋しさが伝わる。

斎藤は天井の木目を睨み付けていた。




( 謹慎という名目で、千歳と二人の時間を与えられ男女の契りを交わした。

しかし、千歳はもうここにはいない。

千歳を死の呪縛から解放できるのは、同じ不思議な力を有する同胞だけで、彼女を生かすため同胞に彼女を託した。

そう、それが唯一の選択だった。)




起き上がった斎藤は、そっと懐へ手を入れ、小さな包みを開け溜め息を吐いた。

天霧がやって来た後、二人だけで祝言の盃を交わし、朝まで何度も千歳の身体に己の杭を打ち込み、決して消えないようにと印を刻み付けた。

朝のきりりとした空気の中、触れ合う肌の愛おしさに、辛くはないかと問うと、「明日が少しこわい」と呟いた千歳の目尻に光るものが浮び、胸を鷲掴みにされた。

その美しい横顔をしばし見つめた後、両の腕で抱きしめた。

昼前に様子伺いにやってきた島田に千歳を預け、斎藤は笠を被り市中へ出掛けた。

そこで買い求めたのが、今手の中にあるのが愛らしい小花が桜のように咲き乱れる銀細工の簪。

斎藤が一目でこれだと決めた品だったが、千歳がそれを受け取ることはなかったのだ。




斎藤が戻るより早く、見目麗しい若い男がやってきて、千歳を強引に連れ去った。

若い男と押し問答を始めた島田を止めた千歳は、斎藤に伝えてくれと島田に言伝を頼み、一陣の風と共に男と去った。

千歳からの言伝とは、



『たとえどんな姿形に成ろうとも、千の夜を超え必ずお側へ舞戻ります。それ迄どうか御無事で。』



千歳はその若い男を、秦と呼んでいたそうだ。

その後、二人と入れ替わるように天霧が来て、斎藤の帰りを待っていた。

天霧は約束の刻限を待たず千歳を連れ去った不実を詫び、代わりに希求の際には京都御所の北、妙音弁財天へ山口の名で文を言付けるよう教えた。

千歳の処遇については、万全の策を講じるが何分にも前例のないことで結果はどう出るかわからないと言い置いた後、人の世では死したのだと雪村千鶴を始め皆には伝えるようにと天霧は言った。

そこは新選組として詮議すると斎藤が言うと、天霧は三日後千歳に封印の儀式を行い、それより四十九日後再生の儀式の予定だと告げた。

すべては予定で何が起こるかわからない、千歳は蒼天の霹靂そのものの存在だから。。。と。




( まさか、蒼天の霹靂。。。鬼の姫ならば、地獄の閻魔大王は無論、妖や物の怪からも求婚されるやも知れぬ。。。

直接手渡すことはできずとも、やはり、この簪は千歳に持っていてほしい。)




斎藤は決心し、千歳に文を書いた。



【初霜 千歳 殿

つまらぬものに候へども、婚儀の品までに差上候。此の身は遠く相成るべく候えど、御身大事に懸けられ度候。千夜後再び我が妻と相見える事心より願い候。早々敬具。

山口 一 】




一度読み返し己で書いた文に赤面するも、斎藤は想いの丈を伝え簪を届けることを決意し妙音弁財天へと向った。
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