翠の間
□青天の霹靂 〜在り処〜
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京の町を見下ろす小高い丘の一本松の枝に座り、千歳は深いため息を吐いた。
女に生まれたことを、今まで何度悔いただろうか。
女だからというだけで、この世はとても生きにくい。
訳もなく追われ、逃げる。
いい奴だと思った男も、そうでなくなる。
あの、斎藤のように。。。。。
千歳は遣り切れない切なさの中、懐に手を差し入れ大事に何かを取り出す。
美しい紺碧の錦の袋の中から、一本の笛を取り出し、そっと息を吹き込んだ。
静かな吐息は、澄んだ音となり静かな林に響き渡る。
動物たちも寝静まっただろう林の中、梟の声が笛の音に合わせるように低く響いた。
かと思うと、鹿の声だろうか。
一際高く“ヒュー”と音が聞こえた瞬間、人の気配に千歳は笛を吹くのを止め、身を固くする。
「誰だ!悪鬼か!それとも妖怪か?」
闇の中から聞こえるくくっと笑う男の声に、目を凝らすと一本松の袂に人影が見えた。
「なんだ、人か。煩くしてすまなかったな。もう止める。」
こんな時にまた人間の男か、、、とげんなりしながら声を出した。
「止めることはない。もう少し続けろ。」
低く唸るような声でそう強く言われ、ムカっとする。
しばらく、男の様子を窺っていると松の根に腰を下ろすのが見えた。
どうやら登ってくる気はなさそうだ。
そのうち男の気配まで薄れていくように感じた千歳は、その男が寝たのか?と思い、また静かに笛を奏で始めた。
漆黒の空には三日月が登り、静かにこの世を照らしている。
小さな森にも命が息づき、その命を精一杯に輝かせ生きている。
なのに己はどうなのか。
何のために生き、何者なのかもわからない。
ただ明日を生きるため、今日も男から逃げた。
なんなのだろう。。。
ただ虚しかった。。。。。
ぽろりと頬を涙が伝ったとき、頬に何かが触れた。
「おまえは何故それ程までに哀しむ。。。
笛の音に、林の生き物たちが泣いている。空にある月までもがその姿を隠した。
女鬼が一人里へは帰らず、何故こんな処で笛を奏でているのだ。」
千歳は、ぎょっと目を剥いた。
自分に寄り添うように松の枝に男が腰かけ、頬の涙を優しく拭っている。
間近にあるその男の容姿にも酷く驚いた。
弱い三日月の明かりでさえも、その光を映し輝く金髪、強い光を宿した紅蓮の眼。
何より圧倒的なその存在に。。。
あまりにも強い存在に、近いその顔に怯み、離れようと重心を後ろへ移動するが、ここは木の上だったと気付いた時には、
「わっ!わ、わっ!!!」
ガシっと逞しい腕に抱き込まれる。
「危なかしい奴だ。」
「はっ!離せ!!!」
「ならおまえも降りろ。このようなところに一人になどしておけん。」
「イヤだ!男は嫌いだ!離せ!!!」
「煩い。」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
しっかりと胸に抱え込まれ、一気に枝から飛び下りる男に、千歳は悲鳴を上げていた。