翠の間

□青天の霹靂〜出逢い〜
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「はぁ、はぁ。。。チッ!しつこいヤツらだな。。。全く!」

放浪の民。

名はあるが、名を呼ぶほど親しい人間などいない。

所謂、流れ者の私は追手から逃れるため、敢えて川へと身を投げる。

体力と運には自信があった。

記憶に残っている頃から、ずっと一人で生きてきた。

このくらいの川を泳ぎきるなんて、他愛もない。




そう思っていたのだが、、、





春とはいえ、思ったより冷たく感じる水温に、そういえばここ何日も何も口にしていないと思いだす。

取り敢えず流れに身を任せ下流へと流されていくうち、手足が痺れ意識がどんどん薄れていく。

どこまで流されていくのだろうな。

流浪の民にはお似合いの最期かもしれないな。

ほんやりとそんなことを考えた。




ふいに懐かしい声が、聞こえた気がした。




千歳。。。。。




自分の名を呼ぶその声に、ゆっくりと閉じていく瞼の端から涙が一滴、はらりと舞った。








◆  ◇  ◆  ◇  ◆





春爛漫、美しい桜の花に彩られた京の町をゆっくりと歩く浅黄色の羽織の集団。

その筆頭を颯爽と歩き、一分の隙もない蒼い瞳の男。

新撰組三番組組長、斎藤 一。




彼は今日も隊務の巡察へと迎い、間近に迫った桜祭りの会場となる五十鈴川へと足を運ぶ。

河原を観やると人だかりが目に入り彼は鋭い言葉を発する。

「あれは何事だ。おい、行くぞ。」

部下に指示を出し、羽織の裾を翻し先頭に立ち上げ翔け出す。




人だかりに辿り着くと、

(壬生浪や。)

(壬生浪の仕業かいな〜。)

(おぉ、怖い。)

口々に悪態をつき、人だかりは斎藤たちを避けるようにササッと道を開けた。

その先に人が倒れているのを確認した斎藤は叫ぶ。

「伊吹!!! 」

駆け寄りその顔を確認するように肩を掴み仰向けると、冷えてはいるがまだ息があるのがわかる。

項垂れる頭が傾き顔が天を仰ぐと同時に、ほっとしたように張りつめていた空気が和らぐ。

癖の強い青色の長い髪は斎藤のよく知る伊吹という人物によく似ていたようだ。

「組長、お知り合いですか?」

名を呼び駆け寄った体調を気遣い、心配そうに隊士の一人が声を掛ける。

「否、人違いだ。それよりまだ息がある。ひとまず近くの寺へでも運ぶか。」

「はい!」

斎藤と隊士達の手によって、其の者の半身が抱え起こされた途端、ゲホゲホッと激しく咳き込み其の者が意識を取り戻した。

閉じられた瞼が上がり、陽の光を受け両眼が深く澄んだ水面を想わすような浅葱色に輝く。

そのあまりの美しさに斎藤は息を呑んだ。

澄み渡る浅葱色の双眼が驚きに見開かれ、大きく揺れた。

だが、斎藤はまるで刻が止まったかのように動かず、ただその瞳に魅入られていた。




「ゲホッ、、、離せよ。。。お前等の、ゴホッ、、、相手なんて、まっぴら、御免だぜ!」



美しい顔立ちから突然飛び出した言葉に驚き、斎藤は我に返る。

蒼白い顔で息も絶え絶えに放たれた台詞と同時に、其の者が掴まれている腕を強く引き逃げだそうとするが、冷え切り力が入らぬ身体が河原の砂利へとまた崩れ落ちた。

「おい、待て。少し勘違いをしているようだ。おまえは俺達がくる前から、ここに倒れていた。まだ息がある故、近くの寺へ運ぶため動かした処目が覚めた。ただそれだけだ。」

虚勢を張る其の者に、斎藤は冷静沈着な態度で経緯を説明した。

「そりゃ、悪かったな。でも、もう目も覚めた。あんたらの世話にはならねぇよ。」

其の者はそう言うと、彼等に背を向けヨロヨロと脚を引きずり歩き出すが、しばらく見ていると、またジャリっと河原に倒れ込んだ。




隊士の一人が近寄るとやはり気を失っていた。

「隊長、この者どういたしますか。」

「仕方あるまい。そこを少し下った筋に小さな寺があったな。そこへ運ぶ。おまえらは寺の者に先触れを頼む。」

「はっ!」

二人の隊士が駆け出すの見て、斎藤は其の者へ手を伸ばし身体を抱き上げた。

(軽いな。それに思った以上に細い。)

「隊長、私たちが変わります!」

「いや、大丈夫だ。」

「ですが。。。。」

「大丈夫だと言っている。」

「はい、、、変わった身なりですが、何者でしょうか?」

そういう隊士に、

「変わったというより、継ぎ接ぎだらけの着物が妙な風体に破れているといった処だろうな。」

斎藤はそう言い其の者を抱え直すと、胸の僅かな谷間と晒しが見えた。

「っす、すまんが、隊服を掛けてくれ。」

いつも冷静な斎藤が何やら慌てた様子に、隊士が隊服を不思議そうに掛ける。

が、やはり気付いたらしい。

「此の者、女子ですか!」

「そのようだな。。。道理で軽い訳だな。」

平静を装ってはいるが、斎藤の心中は決して穏やかではなかった。





程なく寺に着き、其の者を住職に託した斎藤達は、何事もなかったかのようにまた市中へと戻ったのだった。





この刻、二人は気付かなかった。





この出逢いが互いの運命を変えることを。。。
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