蒼の間
□戸惑
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社長に頼まれ自宅へ伺うと、優しそうな奥様が出迎えて下さった。
主賓が海外の方ということで、桜の下での野だてを頼まれ承知した。
それから何度か打合せにお邪魔して、必要なものを家から運び出し一度セッティングしたり、お茶菓子の試食に奥様とご一緒した。
近藤社長には、大切な接待と言われていたので抜かりはない。
が、心配ごとが一つある。
「奥様、社員の方もいらっしゃるんですよね?」
奥様は優しそうで案外サバサバしたところがおありなので、
「もちろん、トシさんや営業、企画からも何人かくるでしょうね。それがどうかしたの?」
すごく言いにくいので
「え、あ、あの、まぁ...」
と、苦笑いになると、
「あら!もしかして気になる人でもいるのかしら!」
なんて奥様がいうもんだから、思わず私も
「と、とんでもありません!っていうかむしろその逆で誰にも知られたくないんで困ってるんです。」
あ、言っちゃた。と思い俯いていると、優しい温もりがそっと私の手を包んだ。
「 千歳さん、事情は少し近藤から聞いているの。あなたはおいくつ?」
奥様の優しい眼差しに、
「28歳になりました。」
正直に答え、俯く。優しい眼差しがくすぐったくて。
「そう、あなたはとても素敵な女性よ。辛い経験もたくさんなさったぶん、きっといいこともたくさんあるわ。知られたくないのは、なぜかしら?」
しばらく考えて、
「あまり目立ちたくないんです。会社では今のままが居心地がいいんです。人と深く関わると...疲れるから...。私にはたくさんするべきことがあって、他のことは面倒なんです。会社には働きにだけ行きたくて、だから...」
奥様は私の手を自分の両手でしっかり包み込むと、
「そうよね。わかりました。でも、あなたは何でも抱え込みすぎね。お父様にももっと甘えていいと思うわ。あなたを支えてくれる男性もきっといるはずよ。少しでいいの、あなたの心に少し勇気を持ってほしい。」
ちょっと困惑していると、
「ごめんなさいね。いきなりで、戸惑うわよね。けど私は 千歳さんの味方になりたいの。お茶会だけじゃなく、その後もこうして遊びましょうね。」
イヤイヤ、私いちおう仕事中なんですけど、と思いながらも優しい温もりにちょっと涙が出そうになった。