風花の間

□苦手なタイプ【中】
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(はあ〜、冷たくて気持ちいい〜♪)




私は今、じーちゃん家のすぐそばの川辺にいる。

素足で川に入ると水は冷たくて、心地良い風が水面を渡り、山ではひぐらしが鳴く。

都会では考えられない天然クーラーの気持ち良さに、癒される。

お盆休みは毎年じーちゃんの家に来て、母と妹のお墓参りをする。

私が小学生の頃、台風でこの川が決壊し、じーちゃんと私と母と妹、4人で住んでいた家ごと2人が居なくなった。

それから私はほとんど寄宿舎生活なので、ここはじーちゃんの家で私の家じゃない。

寂しくないと言えば嘘になるが、時の流れが心の傷を癒してくれた。

今朝早くに新幹線で帰省し、今日は泊まって明日帰る予定だ。

一人のんびり河原で遊び、水辺の草に糸蜻蛉を見つけ、河原の紅いあざみに止まる蝶を見つける。

田舎の風景に、優しい刻に、日常を忘れていたら、もう辺りは夕暮れ。

じーちゃんの家の帰ると、携帯に着信があったみたいだ。

誰かと思えば、、、斎藤くんだよね?

私からかけたのは一度だけ、彼からの着信はこれが初めて。

(何か用かな? 一応、かけてやるか。)

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。。。。。。。。プッ。

(でない。もういいや。)

切った瞬間、

ブゥー、ブゥー、と震え出す私の携帯。

(あ、斎藤くんだ。)

でると、

『もしもし、斎藤です。』

『うん、知ってる。何か用かな?』

『うわっ!お、押すな!』

なにやら後ろが騒がしい。

『なに?』

『いや、ちょっと今は落ち着いて話が出来る状態ではないので、後でまたかける!』

『うん、いいけど。』

『では、また後で。』

プッ。。。



しばらく待ってもかかってこないので、私はじーちゃんと食事の用意をし、夕食を食べた。

夕食は、白米、鮎の塩焼き、きゅうりの浅漬け、トマト。

至ってシンプル。

けれど、どれも取れたて新鮮で美味しい。

鮎はじーちゃんが川で釣ってきてくれた。

無口だが、さりげない優しさが嬉しい。

ただ一人の肉親だ。

食事を終えお風呂に入っていると、じーちゃんが慌てて携帯を持ってくる。

湯船に浸かったまま仕方なく受け取ると、

(斎藤くんだ。。。)

『はい。』

『もしもし、斎藤です。』

『知ってる。』

『今、いいだろうか?』

『少しなら。』

『ならば手短かに言う。来週、剣神社で祭りがある。俺の通う道場が毎年奉納試合を行うのだが、よければ見に来てほしい。来週土曜日の午後17:00からだ。』

『剣神社のお祭りって、通称“浴衣祭り”ってやつだよね?』

『ああ。その、俺も出るので試合が終ってから、一緒に祭りを見て帰りたいと思ったのだが。。。無理なら言ってくれ。』

『う〜。。。ムリ。じゃないけど、浴衣じゃないとダメかな?』

『いや、浴衣などの和装だとおみくじが無料でできるというだけだ。和装でなくても大丈夫だ。』

『そうなの!じゃあ浴衣で行かなきゃ!』

『ふっ。では、おみくじも引く予定にしておこう。』

『わかった。』

『ところで、あんたの家は留守だったが、今どこにいるのだ?』

『え?お風呂だよ。』

『は?』

『だから、お風呂入ってんの。』

『っ!/////』

『あぁ〜、なんか、やらしい〜。』

『ちっ!ちがう!そういう意味ではなく、家に居ないが何処かに出かけているのかということが聞きたかったのだ!』

『じーちゃん家だよ。』

『あんたの田舎か?』

『まぁ、そんなとこかな。』

『休みの間はそちらにいるのか?』

『2〜3日で帰る予定。』

『そ、そうか。。。』

『斎藤くんは?実家帰んないの?』

『俺の実家はいつでも帰れる距離だ。今日も朝少し寄ってから道場へ向かったしな。』

『ヘぇ〜、そうなんだ。あっ、ちょっともう出るわ。逆上せそう。』

『////////』

『じゃ、土曜日空けとくってことで。』

『ああ//////』

プッ。



お風呂を出て、縁側で涼む。

蚊取線香の匂いがじーちゃん家だな〜って、実感する。

じーちゃんはいつでも私のために蚊取線香と蚊帳を用意してくれる。

(そういえば、浴衣なんてもう長いこと着てないや。どこにいったかな?)

ふと考えていると、

「 千歳にいいもん見せてやろう。」

と、じーちゃんが紙の包みを持ってくる。

紐を解くと、中から女物の浴衣が出てきた。

「じーちゃん!これどうしたの?!」

「ほれ、おまえと同級の孫がおる山代のばあさん知っとるだろう。あそこの店でな、おまえに似合う思ってな。」

「うそ〜!びっくりだよ!」

「なんにもしてやれんが、これくらいはな。ちぃと着てみい。」

そういって広げた浴衣は、黒地に大きな牡丹の華が咲いた豪華なものだった。

赤紫や濃紫、薄紫に白、華やかな同系色のグラデーションの中で、時折り混じる花芯の山吹色がアクセントになっている。

「すっごく綺麗!じーちゃん!ありがとう!」

そういってキャミの上から袖を通すと、

「孫にも衣装、、、じゃな。」

「じーちゃん、それ、褒めてないから。。。」




剣神社の浴衣祭りに着て行こう♪

新しい浴衣に、はしゃぐ気持ち。

お祭りにすっかり行くと決めてる私。

浴衣が嬉しいのか?お祭りが嬉しいのか?

それとも斎藤くんが誘ってくれたのが嬉しいのか???

よく考えていなかった。
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