風花の間

□苦手なタイプ【中】
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またいつもの夏期講習が始まるが、後半は小テストを多く取り入れ個々の理解度を分析するようなしているため、かなり忙しくなる。

今日の数学の小テストも、やっぱり斎藤くんは満点。。。

(塾来る意味あんのかな〜?)

毎日そう思うが、塾生あっての私の職場。

他の生徒の採点にうつる。



そんな忙しさの中、あっという間に一週間が過ぎた。

今日は剣神社の浴衣祭り、当日。

昨日は家に帰っても仕事をしていたため、気付かなかったが斎藤くんからメールが着ている。

“明日の祭りの件、よろしくお願いします。待ち合わせ時間と場所は、追って連絡します。”

業務に使えそうなメールに、ぷっと吹き出す。

“承知致しました。”

それだけメールしておく。

携帯片手にのんびりとタバコを吸い、遅い朝食を食べてベッドに寝転がると、また睡魔に襲われ眠ってしまった。




暑さで意識が覚醒し、ガバッと起き上がり時計を見ると、15時半。

(ヤバイ!間に合うか?!)

慌ててシャワーを浴びて、化粧をしてから浴衣に着替える。

なるべく汗をかきたくないので、クーラーは強!

ここからは落ち着いて浴衣を広げ、袖を通す。

姿見で裾丈を確認し、仮締めの紐を結び、山吹色の帯を絞める。

新しい帯を手に取ると、一緒にふわっとした薄紫の帯揚げが入っているので不思議に思う。

(浴衣だもん。帯揚げはいらないよね?)

気になってネットで調べてみると、兵児帯というらしい。

なるほど金魚のようで可愛らしい。

ネットの画像を元に、後ろで蝶々結びにし、形を整え仕上げる。

それから長い髪を一つに纏め上げて薄紫の髪飾りを付けて、ちょっと派手かな〜とは思う。

(まあ、案外みんなこんなもんだよね!)

山吹色の巾着に必須アイテムを入れて、家を出た。

剣神社の参道には、もうたくさんの屋台が並んでおり、人も結構多かった。

時間を見ると16:55。

境内へと向かう流れに乗り歩いていると、遠くで奉納試合のアナウンスが聞こえる。

境内はたくさんの人だかりで、中央へ向かうと、お社の前は会場としてロープで仕切られていた。

会場には道着の人たちが左右一列に立っていたが、遠くてどれが斎藤くんだかわからなかった。

人だかりを掻き分けて、少しでも前へ行こうとしたとき、道場の代表者の気合の入った掛け声が響いた。

「一の形演武 斎藤 一!」

「はっ!」

そのとき、キャー!と黄色歓声と共に、次々と彼の名前を女の子たちが叫ぶ。

(なんだ?これ?)

声の方へ視線を移すと、高校生だろうか、一際華やかな浴衣の集団が見える。

ビュッと何かが空を切る音が聞こえ、前を見ると白い道着に紺の袴姿の斎藤くんが、木刀を構える。

無駄のない足捌きで次々と体制を変え、その度に力強く振り切られていく木刀は、ビュッと風を起こす。

一瞬にしてその場の空気が冷え、黄色い歓声はどこへやら、厳粛かつ荘厳な奉納剣技へと変わる。

斎藤くんから目が離せない。

刻の流れが止まったようにさえ感じる。

時に弱く、また力強く繰り出される剣技に、



【美しい】



ただ、そう思った。。。



斎藤くんの動きが止まり、少し下がってお社に一礼、続いて観客に一礼をする。

わあ〜という声とパチパチと拍手が起こり、続いてまた黄色い声援が起こる。

(これじゃ、声なんてかけれる雰囲気じゃないじゃん。。。)

少し悔しい。

なんで見に来てほしかったんだろう。

自分がモテるって私に言いたかった訳?

そんなことを考えていると、次の人の名前が呼ばれる。

「次!、沖田 総司!」

「はい!」

すると、また起こる黄色い声援。

斎藤くんより背が高く、ちょっと茶髪な青年が進み出る。

たぶん道着の人たちが、賑やかって言ってたお友達なんだろう。

斎藤くんの姿が見える。

彼にタオルを手渡す可愛らしい女の子。

(ふ〜ん、あの子が雪村だろうな。満更でもないじゃん。)

優しい顔でタオルを受け取るその横顔に、胸がギュッと締め付けられる。

塾での姿しかほとんど知らない私は、彼の普段の姿に戸惑いを覚えた。

(結構モテるみたいだし、なんで私なんかに告るんだ?訳わかんない。)

ウキウキしてた自分がバカみたいだ。

少し悲しくなる。

もう帰ろうかとも思うが、大人気ないことは自分が負けたみたいで嫌だった。

生徒との約束を破る訳にもいかず、私はその場でただ剣技を見ていた。

その後の試合は白熱したもので、初めて剣道の試合を見た私も、気合の入った選手の声と、竹刀の弾けるような大きな音に、手に汗を握る。

最後の試合は、斎藤くんとさっきの沖田という子。

開始の合図と共に、睨み合う2人が同時に動いたかと思うと、斎藤くんの竹刀が振り切られており、審判の

「一本!」

という声が響いた。

(なに?見えなかった。)

呆気に取られていると、黄色い歓声が上がり、拍手と共に退場する斎藤くん。

道場の人たちが全員で一礼し、奉納試合が終わり、関係者は社務所へと戻り始めた。

黄色い声援も着いて行ったようで、辺りが静かになり集まっていた人だかりもはけ出す。

一人の私は、キョロキョロと辺りを見回す。

なんせ来るのが初めてなもんで、どこに何があるのかわからない。

お社の横に小さな休憩所があり、掲示の立て板が見えたので、とりあえずそこへ向かった。

立て板には神社の地図があり、思わず一人で小さくガッツポーズをする。

(よっしゃ!)

休憩所は喫煙所でもあり、そこで地図を眺めて一服していると、携帯が鳴った。

着信メールは、案の定、斎藤くんからで

“ もう着いていますか?待ち合わせ時間は19時、場所はお社横の休憩所でお願いします。待たして申し訳ありませんが、必ず行くのであまりうろつかずに待っていてください。”

(あと1時間もうろつかずに待てる訳ないだろ〜、まったく。。。)

“お疲れ様でした。お約束通りに着き、勇姿を拝見致しました。待ち合わせ時間と場所、確認致しました。迷子にはなりませんので、時間を潰してから行きます。”

そう返信して来た道を屋台を眺めて戻る。

(金魚すくいやろう!金魚すくい!)

金魚すくいの屋台を見つけてしゃがみ込む。

「お姉さん、やるのかい?」

「はい、お願いします。」

にっこり笑うと驚く若い屋台のお兄さん。

(女一人で金魚すくい、驚くわなあ〜。けど好きなんだもん!)

すると、

「袖が濡れちまうといけねえから、これ貸してやるよ。」

と、自分の襷がけを解き、私に渡してくれる。

「あ、ありがとうございます。。。」

お礼を言ってみたが、襷がけってどうやるの?

すると苦笑いでお兄さんがかけてくれた。

(よし!いくよ〜!)

私はポイを片手に、私と金魚との戯れが始まり、あっという間に容れ物が真っ赤になる。

驚いたお兄さんが、次の容器を渡してくれる。

しばらくそれを繰り返していると、私の周りには人だかりが出来ていた。

「姉さん、、、まさかとは思うが、全部持って帰らねえよな?」

「あはは!こんなに持って帰れないでしょ〜。」

どっと周囲からも笑い声が起こる。

「だよな〜!じゃあ、どんどんとっちゃってくれよ!そこのお兄さんもどうだい?彼女に一匹!」

いい客寄せになってるみたいだけど、さっきから人だかりのせいで押される。

しゃがんだ足も痛いので、体制を変えようとした時、隣の小さな男の子が私のポイを掴みポイに穴があいてしまった。


母親が慌てて謝り、男の子を叱ったので泣き出す男の子。

「お兄さん、やっぱり金魚3匹ください。」

「あいよ!」

私は男の子に金魚を手渡し、小さな頭を撫でた。

泣き止む男の子にひたすら謝るお母さん。

お父さんまでやって来て謝るので、私は早々にその場を離れた。

待ち合わせまで、まだ30分はある。

どうしようかと思って辺りをキョロキョロと見回すと、目に入る2人組の男。

(嫌な予感。。。)

するとやっぱり声をかけられる。

「あんた、さっきの金魚すくいの姉さんだろ?すげえなぁ〜!」

大柄な男は浴衣の前をこれでもか!というほどはだけ、筋骨粒々とした姿を見せつけている。

(やだなぁ〜。柄悪そう。)

「別嬪さんが女一人で祭りか?気をつけたほうがいいぜ。何なら俺が案内してもいいが。」

隣の男も大柄で、なぜかワイシャツにスラックス姿。

ワイシャツのボタンはやっぱりはだけている。

(こっちはホスト?なんなのこの組み合わせ?)

「人と待ち合わせがありますので結構です。失礼します。」

そう言って下駄の踵を鳴らし歩き出すと、ホストに腕を取られる。

キッと睨むとホストの顔が急に近づき耳元で話し出す。

(ひぃぃぃ!ムリ!)

「気付いてねぇなら教えてやるが、おまえ相当目立っちまってんだぜ。一人でフラついてるとあいつらにも声かけられんのがオチだ。まあ、それが目当てって訳なら俺たちは止めねぇけど。どうする?」

(あいつらってどいつだ?)

半信半疑で辺りを見回すと、私たちの動向をこそこそ見ている連中が何組かいるのがわかる。

けど、失礼なヤクザとホストも絶対お断りだ!

「いえ、本当に待ち合わせておりますので、失礼します。」

そう言って足早にお社の横の休憩所に向かう。

少し歩いて振り返ると、ヤクザとホストが距離をおいて後ろ着いてくる。

(どうしよう。どうしよう!)

なぜか急に怖くなってきて、泣きそうになる。

頼れる相手は一人しかいなくて、携帯を取り出して斎藤くんに電話する。

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。。。。。。

いくら待っても出ない斎藤くんに腹が立つ。

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。。。。。。

(なにしてんだよ!さっきの黄色い声援の子たちと仲良ししてんじゃないの?)

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。。。。。。

(あ、雪村とお祭り周ってるとか?)

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。。。。。。

(もう!なんでもいいから出てよ!)

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。。。。。。

もう一度後ろをチラッと見ると、やっぱりまだいる。

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。。。。。。

(お願いだから出てよ!斎藤くん!)

祈るような気持ちでコール音を聞きながら、必死で冷静を装い歩くが、お社の屋根瓦が真横に見えた。

(えっ?! なんで‼‼‼ )

必死で立て板の地図を思い出し、お社と庭園の分かれ道を思い出す。

どうやら屋台を見て回っている時に庭園への道を進んでいたようだ。

庭園では20時から花火があるので、酷く混み合っている。

(これなら巻けるか!)

斎藤くんはあてにならないと判断し、携帯を切ろうとした時、

『もしもし、あんた、今どこにいる?』

『さ!斎藤くん!』

『なにかあったのか?!』

『ヤクザとホストが!』

『は?よく聞こえん。』

『だから!ヤクザとホストに追われてんだよ!早く助けに来い!』

『なっ‼‼ 今どこだ‼‼‼ 』

『 それが追われて急いで庭園のほうに来ちゃったみたい。何とか巻いて戻るから、お願い!早く来て!』

『わかった!すぐにそちらへ向かうが、決して一人で無理はするな!人気のない場所へは近づくな!危ないと思ったら周りに助けを求めろ!いいな!』

『うん!わかった。わかったから早く来て。早く逢いたい!』

『もう向かっている!』

人だかりに紛れ少し立ち止まると、例の2人も立ち止まる。

これだけの人がいるのに、変な真似はできないだろうと判断して、私は勇気を出して来た道を戻る。

(膝がガクガクする。心臓が口から飛び出しそう。)

私が前を通り過ぎると、2人は顔を見合わせ、キョロキョロ辺りを伺う。

『斎藤くん?』

『なんだ!』

『今、方向転換した。庭園から戻る道の左側をずっと鳥居まで歩くから、絶対に見つけてよ。』

『わかっている!あんたは浴衣を着ているのか?』

『うん、黒に紫っぽい色の浴衣だよ。帯が黄色。』

『もう鳥居だが、まだ追ってくるか?!』

『うん。怖いよぉ〜。』

『もうすぐだ!必ず見つける!』

早足でかなり歩いてるはずなのに、なかなか来ない斎藤くん。

彼の姿が見えないか前方をキョロキョロ見ながら歩いていると、浴衣姿で裾を翻しながら、走ってくる男がいる。

(斎藤くんだ!)

そう思った途端、安心して膝がガクガク震え出す。

立ち止まった私の横を、真顔かつ全速力で駆け抜ける斎藤くん。




(。。。。。。えっ?)

私の視界から消えた斎藤くんに、ただ、ただ、目が点。。。

すると背後から、

「新八!左之!聞きたいのだが!怪しい男2人に追われている女を見なかったか!黒に紫色の浴衣に黄色い帯の美人だ!」

ゆっくり振り返ると、ヤクザとホストに話しかけている斎藤くん。

(ちょい待て、斎藤。。。)

すると、ホストが私を指差すのが見える。

ゆっくり振り向き、私の姿に目を見開く斎藤くん。

私が、ふん!とそっぽを向くと、

「 千歳!!!!! 無事か!よかった!!!!! 」

私に駆け寄り、ギュッと抱きしめる斎藤くん。

「それで怪しいヤクザとホストは!!!???」

2人を指差す私。

「は?どういうことだ?」

間抜けな声を出す斎藤くんに、無性に腹が立った。




「斎藤くんのバカ!!!」
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