short
□only you
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君の隣は譲れないと同一主(名前変換場所異なりますのでご注意ください)
「わあ!高尾くんスゴいね」
「美味しそー。ひとつ貰ってもいい?」
「……何あれ。てか高尾ハイスペックすぎて引くんだけど」
甘い香りが充満した家庭科室で、プチシュークリームを完成させた和成の周りをきゃいきゃいと女の子が囲む。
すでにマフィンを作り終え、ラッピングまで済ませた私の隣りに座る友人は、興味なさげにその様子を見ながら小さく吐き捨てる。
和成の驚くほどの手先の器用さに、私も苦笑いするしかない。
てか絶対私より器用だわ、本当焼きたい。
そしてあらかた作業が終了したクラスメートは、誰にあげるかという話に花を咲かせる。
というより、すでに渡している。
私もまあ、あげる人は決まってるけど。
「うわー、早速高尾囲まれてるよ。あと緑間も」
「……授業は終わったし、私もう行くね」
「えー、面白いのに。でもまあ、私も帰ろうかな」
「あのっ、宮地さん!」
「はい?」
沢山のお菓子を押し付けられる和成を横目に、私は部屋を出ようとドアに手をかける。
そうしたら呼び止められて、振り向くとクラスメートの田中くん。あれ、佐藤くんだっけ?がいた。
わずかに紅潮した頬と少しだけ上擦った声に嫌な予感がする。
友人はニヤニヤしながら帰った、沈めたい。
「これ、良かったら受け取ってください!あ、あと……そのマフィンは、誰かに渡す予定ありますか?」
「ありがと、う?それとこれは、えーと……」
「わりぃけどそれ、先約あんだわ。あとこのパウンドケーキも間に合ってっから」
どう断ろうかと思案していたら田中くんの後ろから第三者の声が聞こえた。
ついでに私の手に渡ろうとしていたパウンドケーキは、元の場所に戻された。
誰か、なんて私にはすぐ想像出来たけれど、田中くんは心底驚いたらしい。
和成は和成でいつものようにへらへら笑いながらも、少しだけ鋭い目が苛立ちを隠し切れていない。
「未琴ちゃん口説こうとか100年早ぇよ」
「は、何言って……」
「ごめんなさい、田中くん。このマフィンはあげる人決まってるから」
「そーゆーこと。つか名前も覚えられてないようじゃ、未琴ちゃんの眼中にもねぇってことだろ、鈴木くん」
「っ!……オレは諦めないから!」
捨て台詞を叩き付けて悔しそうに去って行く田中……鈴木くんを和成と二人で見送る。
てかやばい、フツーに名前間違えた。
「で、未琴ちゃん」
「なに、この手」
「そのマフィンさ、オレにくれるんでしょ?」
「誰が和成にあげるって言ったの。これはお兄と大坪先輩と木村先輩の分。あ、あと緑間」
「オレのは?!」
「だからないわよ。一度で理解して、轢くよ」
愕然として見るからに落ち込む和成に罪悪感が募る。
確かに和成の分のマフィンがないのは事実。
だって、これは和成にあげることは出来ない。
「オレ、すっげー楽しみにしてたんだぜ?」
「……」
「それなのにもらえないとか、まじショック」
「だって和成には……」
「え?」
「和成にはみんなと同じものをあげたくなかったから」
「未琴ちゃん、それって……」
和成がみなまで言う前に、踵を返して教室を目指す。
残念がる和成にうっかり言わなくてもいい本音を零してしまった。
有り得ない、埋まりたい。
「ちょっと、待ってよ未琴ちゃん」
「嫌。離して和成」
「ダーメ。……オレはちゃんと未琴ちゃんの言葉で聞かないとわかんねーんだよ」
「……」
「なあ、未琴」
「っ!…………す、き。和成が好きだから、みんなと同じマフィンはあげられない」
「よくできました」
ずるい。
後ろから抱き締めて、急に呼び捨てで呼ぶなんて和成は本当にずるすぎる。
その真剣な声に私が弱いことを知っているんだから。
それでも背中から感じる体温が心地好くて離れたくないなんて、惚れた弱みってやつなのだろうか。
(私を抱き締めながら和成が真っ赤になっていたのと)(それを一番厄介な人物に見られていたのは)(また別の話)