V小説。
□新弥くんの恋人(第1話)
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「新弥、今日車??」
「あぁ。またあさってなっ」
「お疲れさんっ」
「お疲れーっ」
喫煙所で瑠樺さんと別れると、俺は楽屋のゾジーにも一言声をかけてから、駐車場に向かった。
咲人と柩は、一足先に出てしまっている。
瑠樺さんとゾジーも、きっと今夜は2人で盛り上がるに違いない。
「あぁーっ!!俺もセックスしてぇ!!」
思わず、小さな声で叫びながら、愛車に乗り込み、会場を後にする。
俺らは今、長いツアーの真っ最中。
今日は、横浜2日目。
次の日がオフだったのもあり、前の方でめっちゃ可愛い子がずっと俺の名前を呼んでくれてたのもあり、
なんだか今日のライブはテンション上げすぎて疲れた。
強い酒でも飲んでから寝たい気分だなとか考えながら、東京へ向かって車を走らせていると、ちょうど某大型スーパーのネオンが視界に飛び込んできた。
自宅の近くのスーパーは、着く頃にはもう閉まってるだろうし、ここで酒を買いに寄ることにする。
会場からわりと近いのが気にかかったけれど、ファンの目を気にするような大層なご身分でもなければ、仮に鉢合わせてしまった所で、別に大騒ぎになることもないだろう。
「瑠樺さんは一緒じゃないんですか??」
「咲人さんはもう帰っちゃったんですか??」とか、聞かれて、
悪かったな、俺で…と、若干ヘコむというのは、よくあるオチだが…
「さてと、、、こんだけありゃ1週間は寝酒に困んねぇなぁっ」
買い物を終えて、ずっしりと重たい袋を下げながら上機嫌で自動ドアをくぐり、車を停めてある場所に足を向けようとした時、
すぐ傍の自販機の影でうずくまっている女の子が目に入った。
ロリータドレスにガッツリメイク、大きなリボンの髪飾り。
そして足元には、まさに今俺らが回ってるツアーのロゴがプリントされたビニールバッグ。
典型的なバンギャスタイルといった感じだ。
何やらバッグの中をゴソゴソして、探し物に夢中な様子なので、ちょっと観察してみることにした。
(おっ!!)
よく見ると彼女があさっているバッグには、でっかく「218」と書かれたキーホルダーが揺れている。
どうやら俺のファンらしい。
さらによく見ると、なんだか服装と髪形に見覚えがあるような気がする。
(あっ…)
そぅだ、間違いない。
今日のライブで、下手側の前から3列目くらいで、一生懸命俺に咲いてくれてたあの子だっ!!
MCでゾジが柩に絡んで、会場を笑いに包んでいる時でさえ、ジーッと俺の方を夢見がちな目で見つめてくれてた一途さが可愛くて、ついつい意識して調子に乗った。
まさかこんなとこで会うなんて…
(俺は今、こんなにオマエの傍にいるんだぜ??)
ちょっとだけ声をかけてやろうかとも思ったが、「ファンをナンパして持ち帰り」だとかなんとか、ネットで流されたらたまったもんじゃない、と思い留まり、家路を急ぐことにした。
なんだか今日はいい日だなと、さらに上機嫌になって駐車場へ向かおうとした時だ。
俺は再び立ち止まって彼女に目を奪われた。
(え……おぃおぃ!!)
その女の子がバッグから取り出した物は、カッターナイフだった。
ゆっくりと刃を出し、手首にあてがっている。
カッターを持つ手に、だんだん力が込められる。
「ちょっ!!バカッ!!何してんだよ!!」
自分でも驚くほどの俊敏さで、俺は女の子の右手を鷲掴みにしていた。
カッターナイフが、宙を切る。
「え、え、にぃ…やさ…え…何これ…嘘だ…夢だ…え…」
女の子は、俺の顔を見上げてすぐに俺だと分かった様子だが、かなり上ずった声で、ひたすら戸惑っている。
「あのなぁ!!別にオマエが何に悩んでんのかとか知らねぇよ??どんだけ苦しいのかとか分かんねぇよ??そりゃ、俺なんかに人が救えるとか思っちゃいねぇよ??でも俺らのこと好きなら、俺らのライブ帰りに死にてぇとか思うなよ!!あんまりだろ、そんなん…」
たぶん、ライブで目が合った瞬間から、俺はコイツに惹かれてて、
再会したこの時にはすでに、たまらなく愛おしいと思い始めていて、
だからこそ、自分を見失うほどに、取り乱してしまったんだろう。
数時間前には、満面の笑みで俺に愛を投げてくれていた奴が、
自ら命を絶とうとするような行為をしているその光景が、あまりにも悲しかった。
「あの、えっと、ちがっ…くて…」
「だいたいな、女の子が夜中に1人でフラフラしてるのも誉められたことじゃねぇけど、ただでさえ目立つカッコしてんだから、人の目も気にしろっつの!!何もこんなとこで手首切るこたねぇだろが!!死ぬつもりがあるとかないとか、そういう問題じゃねぇんだよ!!可愛い顔してキレイな体してんだからもっと大切に……」
そこまで言って、やっと俺は我に返った。
自分のセリフが、まるでオッサンだと気付く。
(何を言ってるんだ、俺…)
一瞬、気まずい空気が流れる。
「あの、違うんです!!時計がっ…」
「へ??」
彼女は、慌ててカッターナイフの刃をしまいながら俺に訴える。
なんだか、嫌な予感がする。
「腕時計がっ…腕時計の電池が切れちゃって、あの、ボタン電池なんですけど、それで、今新しい電池買ったので、入れ換えようと思って、でもうまく外れなくて、何か先の尖ったものないかなってカバンの中探したんですけど、カッターしかなくて、それであの、えっと、変な誤解を招くようなことしてごめんなさい!!自殺しようとしてたわけじゃなくて…ホントです!!」
彼女はそう言って、ここのスーパーで買ったばかりらしい新品のボタン電池を見せてくれた。
自分の愚かさに、血の気が引く思いがした。
「あの、腕、痛いですっ…」
「あっ……悪いっ」
その時初めて、ずっと彼女の右腕を力強く掴んだままだったことに気付く。
慌てて離すと、彼女は、少し赤くなったそこを、愛おしげに撫でた。
俺は、このまま立ち去るのではあまりにカッコ悪すぎると思い、なんとなく、その場から動けない。
「でも凄い…こんなとこで新弥さんに会えるなんて、夢見てるみたいです…」
そう言いながら、ウットリと俺を見上げる顔がなんとなく誘われてるように思えて、思わず心臓が波打つ。
「しかも、こんなオr…あ、アタシなんかのこと、そんなに心配してくれるなんて、幸せすぎて、ますます意地でも死ねないです!!これからもずっとずぅーっと、新弥さんのこと、他の誰にも負けないくらい、愛してかなきゃですから…」
「…あ、ありがと」
その一言が精一杯だった。
コイツのことを、心の底から「可愛い」と思ってしまっている自分を自覚した。
「本当にお酒、お好きなんですね??」
「あ、あぁ…」
「飲んだことないお酒ばっかりだぁ…何かオススメあったら教えてください!!あんまり強くない人でも、飲みやすいやつでっ」
「じゃあ、帰って一緒に飲むか??」
「………えっ!?」
そんなわけで、結局俺は、相手がファンの子だと承知しながら、悪いことをしていると自覚しながら、男の本能に逆らえず、助手席に彼女を乗せてしまった。
コイツと過ごす、初めての夜であり、俺の人生において、もっとも衝撃的な夜が始まろうとしていた。