V小説。
□新弥くんの恋人(第5話)
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「あ、新弥、そぉいや決まったぞ、アレ。」
「アレ??何??」
スタジオに向かう車の中。
助手席でつい眠りに落ちそうになっていた俺は、隣の瑠樺さんの言葉で、顔を上げた。
「ホラ、那月んとこの学園祭に出るって話、あっただろっ」
「あぁ…え…ちょっ、待って。あれマジで掛け合ったの??瑠樺さんっ」
「だって、おもしろそうじゃん??」
「いや、おもしろそうとか、そんなんで通っちゃうわけ??」
瑠樺さんの言い出したことが、あまりに予想外な話題すぎて、眠気がサァーと引いていく。
「上の人たちもノリノリだったみたいよ。まぁ、金にはならねぇけど、いい宣伝にはなるもんなっ」
「ちょ、マジで言ってる??だって大学の学園祭だよ??体育館とかでやらされんだよ??」
「別にV系バンドが学園祭出ちゃいけねぇっていう決まりもねぇじゃん??ムックなんて去年、高校でやってたし。」
「いや、ムックはだって、母校とかだっただろ、確か。」
「何だよつべこべうるせぇなぁ…もともと新弥の提案だろうがっ」
「いや、提案なんかしてねぇって!!ただ、那月のバンドのメンバーにこんなバカげた頼み事されたんだけどって、愚痴っただけだよっ」
「別にバカげてねぇだろっ、おもしろそうじゃん、学園祭。」
「マジでやんの??」
「マジでやるみたいよ。もう学校側にも返事したって言ってたもん」
「だって、那月のバンドも同じステージでライブすんだぜ??」
「で、俺らがスペシャルゲストってわけだろ??いいじゃん。楽しそう。」
「いやぁ…」
「じゃあ、スタジオ着いたら多数決。3人のうち2人が賛成なら、決定なっ」
「んなっ…そんなの確実に俺の意見なんかより瑠樺さんの言い分が通るに決まってんじゃん」
「そう思うんなら、諦めろっ」
「まじかよ…」
面倒くさいことになった。
那月の大学の学園祭に出るというこの話の、そもそもの発端は、1ヶ月くらい前にまで遡る。
俺が例によって授業終わりの那月を迎えに、大学の前に車を停めて待っていたあの日だ。
那月にくっついてきた郁と桐が、「これから学祭の練習と準備で忙しくなるから、あんまり新弥に那月貸してやれないけど悪いな」というようなことを、相変わらずイラッとする態度で言い放ち、
「じゃあオマエらの晴れ姿を見に来てやらなきゃな」と返すと、
「来るんなら出ちゃえば??」という無茶苦茶な話になり、
「でも新弥1人じゃ何にもならねぇよ」とか、殴り飛ばしてやりたくなるようなことを平気で口にし、
あっというまに、アイツらの中で「学祭にメアを呼ぼう!!」というプロジェクトが始動してしまった。
俺は「テメェらの力でそんな簡単に武道館バンド動かせると思うなよ、バーカ!!」と言ってやりたいのを何とかこらえ、
「実現するといいなっ」と2人を皮肉って、さっさと那月を連れて逃げたわけだが、
それからのアイツらがまたしつこくて、ついには那月からも「にゃあ様お願いっ!!一応マネージャーさんだけにでも、相談してみてあげて??ね??」と可愛く頼まれてしまって、
とりあえず、実はこんなことになってて参ってんだよ…と、瑠樺さんに話したのが、確か1週間前くらいだ。
それがまさか、瑠樺さんからエライ人たちのとこまで伝わって、しかもOKの返事として俺の耳に返ってくるなんて、思ってもみなかったわけで、
なんだかもう、ただただ、戸惑う気持ちしかない。
「ってなわけなんだけど、この学祭に出るの、反対の人ー??」
瑠樺さんは、スタジオでメンバーが揃ったのを確認すると、さっそく事の説明をして、多数決を採った。
思った通り、3人が手を挙げる気配はない。
「そんなおもしろそぅなこと、断る理由がなぃでしょ!!」
「スケジュールさえ空いてんなら、全然問題ないよ。学校でライブとか、楽しそうだし…」
「俺、那月くんのバンドのメンバーに会ってみたぁい!!」
「那月くんがベース弾いてるとこも見てみたぃしねっ」
柩と咲人とゾジーは、興味津々な様子で話に食い付いてきている。
「じゃ、決まりなっ」
「ちょ、考え直さねぇ??」
「なんで??逆に新弥は何が不満なの??」
「そぅだよ、那月だって喜ぶぞ、きっと」
「新弥が那月くんたちの力になってあげないでどぉすんの??せっかく俺らを呼びたいって言ってくれてんでしょ??」
「いやいやいやいや、オマエらはアイツらのタチの悪さを知らねぇからそんなことが言えんだよ!!性格の悪さと音の悪さも…マジであのバンド、那月以外は全員クズだぞ!?」
「うわ、言うねぇ〜」
「まぁ、俺らだって10代の頃はクズだったじゃん??天狗になるのは良くないよ、新弥っ」
「そぅそぅ、天狗になっていいのはこかっ…」
「あぁもう!!違ぇんだって!!そぉゆうレベルじゃねんだよアイツら…」
俺は、ゾジーがお決まりのセリフを言うのを遮って、何とか4人への説得を試みる。
「でも、別に俺たちがその、那月くんとこの…えっと、何だっけ??ドSラビット??」
「ドメスティックハニー」
「あ、そぅそぅ、そのドメスティックハニーと一緒に何かするわけじゃないでしょ??」
「まぁ、そりゃそぅだろうけど…」
咲人の、天然なのか狙ってんのか、まぁおそらくわざとだと思われるボケをかわしつつ、俺は曖昧に答えを返す。
「那月くんのバンドは、学園祭の出し物として演奏をするわけで、俺らはその学園祭に呼ばれたゲストとして、ライブをするわけじゃん??」
「あぁ」
「だったら別に、深く考えることなぃんじゃない??仕事のひとつって割りきっちゃえば??」
「はぁ…」
咲人の言うことは、確かに少し「なるほど」と思った。
だが、アイツらが俺らに絡んで来ない保障はどこにもない。
「ま、もうすでに決まったことなんだし、3人が賛成なら断らねぇってことで。会議終了っ」
瑠樺さんは、そう言い残して、ドラムのセッティングを始めた。
柩と咲人とゾジーも、それぞれ自分の準備に取りかかる。
もはや、どうあがいても覆せないらしい。
それなら、今の俺にできるのは、ただ、無事に終わってくれるのを願うことだけだ。
そう、無事に…
何事もなく…