V小説。

□新弥くんの恋人(番外編)
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「あ、あれカッコ良い!!」

「はぁ??あんなの持つならオマエ、マジでロリータ封印だぞ??」

「それはやだけど…」

今日は、那月とデートの日だ。

デートなんていう言葉を使うのも恥ずかしいが、那月が「デートデート♪」とはしゃぐんだから仕方ない。

駅前で待ち合わせをして、映画を見て、今コイツに付き合って、楽器屋に来てる。

俺が上京してきた頃から世話になってる楽器屋で、那月はさっきからずっと高値のベースたちに目をキラキラさせている。

「おぃ、ベース買いに来たわけじゃないだろ??弦とピックとクリーナーだろ??」

「ぅん、そうなんだけど…」

「もぅ1時間くらい経つぞ??この後俺も服見に行きてぇのに、店閉まっちゃうだろが。早くしねぇと置いてくぞ??」

「わぁーん待って!!すぐに買ってくるから待って!!」

那月はそう言うと、慌ててレジに向かった。

ホント可愛い奴だなと、つくづく思ってしまうこんな瞬間、今日だけで何度目だろう…

「にゃあ様お待たせっww」

一足先に店の自動ドアをまたいでいた俺に、那月が後ろからギュッと抱きついてきた。

俺は、そんな那月の頭をポンと撫でて、小さな手を握って、夜が始まったばかりの街を歩き出す。

穏やかで幸せな時間。

しかし、よりによって那月と一緒に、こんなに通い慣れた楽器屋なんかに来たのが間違いだった。

思いもよらない不運が訪れたのは、店を出てすぐ、

俺が今夜は何が食べたいかを、那月に聞こうとして口を開きかけた、その時だった。

「あんれぇ〜??新弥くんじゃね??」

突然、背後から声をかけられたかと思ったら、肩に手を置かれ、後ろから、かなりの至近距離で顔を覗き込まれた。

この声、態度、仕草、全部体が覚えてる。

アイツだ。

俺は、全身から拒絶反応が出ているにも関わらず、しっかりと、奴と目を合わせてしまった。

「ちょっとちょっと〜、奇遇じゃん??何??デート中??」

もう30をすぎたいい大人のはずなのに、

奴は何も変わっていなかった。

相変わらずのチャラい言葉使いと、相変わらずの刺々しいパンク服。

嫌な記憶が、一気に呼び覚まされる。

「あ…ご無沙汰してます…玲二先輩…」

俺は、かろうじてその一言を絞り出す。

那月が、不思議そうな顔で、俺らを交互に見つめてる。

「えっと…、高校ん時の先輩で、上京してからも、よく対バンしたりしててさっ…」

小声で那月にそう説明してやりながら、自分でも声が震えているのが分かる。

「そぅそぅ。昔はレイジとユウジとか呼ばれてな、いいコンビだったよなぁ??」

いいコンビ??

よくそんなセリフを、そんなヘラヘラした顔で言えるなと、心の奥で思いながら、俺はこの窮地をどう脱しようかと、回らない頭で必死に考えた。

玲二先輩は、俺が高校1年の時に3年生の不良グループにいた、2個上の先輩。

俺が1年のくせに、たまにギターケースを背負って学校に行っていたりする姿が、生意気に映ったのか、単に俺がこの先輩にとって「いじめがいのある奴」だったのか、その両方か、

入学して早々に、俺は玲二に目を付けられた。

玲二は、高校時代からバンドをやっていて、しかも担当はベースだった。

俺は、ベースのレッスンをしてやるという名目で呼び出されては、毎日のようにパシリをさせられ、暴力をふるわれ、罵られ、笑い者にされた。

1日中、狭い場所に監禁されたこともあるし、全裸で縛られて殴られたりもした。

お年玉を貯めて初めて買った大事なベースに、落書きされたりもした。

本気で、学校を辞めてやろうかとも考えた。

まさに悪夢のような長い1年だった。

でも、玲二が卒業してからは、彼の影に怯えることもなく、毎日平凡に楽しい高校生活を過ごしていたし、

俺が高校を卒業してからも、ゾジーや咲人や柩たちと一緒に、バカなことするついでにやってるようなバンド活動が楽しくて、

あの悪夢の1年間は、ビジュアル系バンドマンにありがちな「ちょっと暗い過去」として、永遠に俺の中で封印するつもりだった。

だが、俺は再び玲二と再会することになる。

瑠樺さんと出会い、拠点を東京に移し、本格的なバンド活動を始めた頃、悪夢は、再び俺に襲いかかった。

今でも鮮明に覚えている。

とある日の、とある小さなライブハウスでの対バンライブでのこと。

瑠樺さんが「○○のベースのレイくん、仙台出身なんだよ」と教えてくれ、紹介されたのが玲二だった。

俺は、数年前の恐怖が一気によみがえり、声も出なかった。

この時の奴の第一声は「アハハ!!相変わらず殴りたくなる顔してんねぇ!!」だった。

そして、メンバーの前で、これでもかとばかりに俺を皮肉った。

「瑠樺くん、ベースホントにこんなんで良いの??変わった趣味してんだねぇ〜」とか言いながら、ドラムのスティックで、思いっきり脇腹を刺されて、うずくまったのを覚えてる。

それから、俺らがワンマンだけでやっていけるようになるまでの間、

対バンで顔を合わせる度に、俺は玲二の嫌がらせを受けた。

何がそんなに恐いのかと聞かれても、よく分からない。

とにかく、コイツの発する独特な空気感は、まだ15歳かそこらの、ガキだった頃に受けた数々の仕打ちを、大人になった今でもトラウマとして心に刻むほどの、何か大きな力があった。

だからこそ、今も俺はこうして、あのライブハウスで再会した時と同じように、全身を石のように固くして、立ち尽くしていることしかできない。

玲二の存在は、あの頃の痛みや恐怖や羞恥や悔しさと、イコールで繋がっている。

復讐してやりたい気持ちはあるし、今の俺なら不可能ではないはずなのに、体が動かない。

声も出ない。

辛うじてできることと言えば、憎しみを瞳に込めることくらいだ…

「ん??なんだよ、その目はよぉ!!」

しかし、そう凄まれて、俺は視線すら、奴から外してしまった。

「ちょっと売れたからって、強気になっちゃった??昔は瑠樺くんの後ろに隠れて、瑠樺お兄ちゃんに守ってもらってたくせにっ」

「んなこと…ねぇよっ…」

声にならない声で抵抗してみるが、実際、奴の言ってることが間違ってないから、それ以上言葉が続かない。

確かに、当事の俺は、コイツと顔を合わせる度にビビリまくっていたし、そんな俺を見かねて、いつも真っ向からコイツとケンカしてくれてたのは瑠樺さんだった。

「あれ??タメ口きけるよぅになっちゃったの??随分な進歩だねぇ〜。でも勘違いはよくないなぁ。今でこそオマエみたいな奴でも女の子にチヤホヤされてるかもしんねぇけど、メアが売れたのはなんでか分かるよね??瑠樺くんの曲と、咲人くんのルックスと、黄泉くんのキャラクターと、柩くんのインパクト。分かる??オマエはそこに便乗してるだけ。アハハッ!!」

玲次は、俺の悔しがってる顔が心底可笑しいというように笑った。

そうだ。

高校時代も、駆け出し時代も、いつもコイツは、俺をバカにしては、こうして耳障りな声で俺を嘲笑していた。

「それにしても、可愛い子連れてんねぇ〜どぅせファンの子次々喰っちゃってんでしょ??あと何人いるわけ??君も気を付けた方がいぃよ、きっとそのうち使い捨てられちゃうから。おんぶにだっこで連れてってもらっただけなのに、エラくなると怖いねぇ〜」

そんなんじゃない。

俺は努力してここまでのしあがってきた。

別に4人にくっついてきたわけではない。

心ではそう叫んでいても、コイツの言葉は、もしかしてその通りなんじゃないかと思わせる、妙な説得力に満ちていて、

「違う!!」と言い返してやりたいのに、ホントはみんなそういう目で俺を見てるんじゃないかとか、そんな不安が邪魔をする。

「人気のおこぼれもらってるだけの奴が、女遊びだけは一人前にしちゃうんだ??いいご身分だよねぇ〜。昔オマエが好きだったさ、ほら、何ちゃんだっけ??ミキちゃん??あの子にオマエ、オナニー見られてさ、超ドン引きされてたよね??アハハっ!!まぁ俺が仕向けたんだけどさ、『ゆぅじくんマジキモイ』とか言われちゃってさ、アハハハッ!!………あれ??もしかして泣いちゃった??」

そう言われて、初めて俺は、自分の頬に一筋の涙が伝っているのに気付いた。

最悪だ。

那月の前で、昔のいじめっ子にビビッてるなんて。

俺のバンドマン人生を否定され、恋愛を侮辱され、思い出したくもない過去をほじくり返され、

それでも何も言い返せない自分が悔しくて、

いつまで経っても、昔の記憶に心を囚われて、こんな奴相手に震えてることしかできない自分が情けなくて、

それを自覚したら、余計に泣けた。

「あーあ、泣いちゃったの??恥ずかしいね、彼女の前で。あ、別に彼女とかじゃないかっ、アハハ!!でも昔っから泣き虫だったもんねぇ〜、覚えてる??体育館倉庫でさ、マッパで縛られてバスケのボール投げつけられてさ、そんな状況でオマエ、泣きながらおっ勃ててんだもん。マジ傑作じゃね??アハハッ!!」

やめろ…

やめろやめろやめろやめろ!!

思い出したくない。

だが、記憶に蓋をしようとすればするほど、あの時の光景が、まざまざと脳裏に映し出される…

止めようとすればするほど、涙は次々に頬を流れる。

「ねぇ、どぉよお嬢さん。ウケるでしょ??アハハハッ!!」

玲二は、そう言って那月の顔を覗き込んだ。

ダメだ。

俺の問題に、コイツを巻き込んじゃいけない。

追い返すか??

逃げるか??

だが、やはり体は動かない。

まるで、あの頃何度も殴られた時の傷が、一気に開いて血が滲んでいるかのように、全身が痛い。

目の前の景色が小刻みに揺れているのは、きっと、俺が震えているからなんだろぅ。

そんなことを考えている隣で、那月は、玲二の目をしっかりと見据えて、あろうことか、ニッコリと微笑んだ。
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