オリジナル小説。

□龍巳と真次。
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 あいつに出会ってからだ。俺の中で、すべてが音を立てて崩れ始めたのは…。あいつが俺を狂わせたんだ。あいつのせいだ。全部何もかも。あいつに出会ったあの日から、俺はどうかしてる。笑っちゃうよな、こんな俺。初めて人を愛するってことを知ってしまったんだ。なぁ、大声でさけんでもいいか?恥じることなんてないよな。言わせて欲しいんだ。普通じゃないかもしれないけど、例え誰に何を言われようと、この気持ち、嘘じゃねえんだよ。
「龍巳―っ!!!!」
 俺は屋上から声を張り上げた。
「たーつーみぃーっ!!!!うぉーっ!!!!」
 誰もいない夜の学校に、俺の声が響く。叫んだら、何だかすっきりして、俺はその場に崩れるように座り込んだ。屋上には心地良い夜風が吹き抜けていて、俺は両手を広げて仰向けに寝転ぶ。夜空に星がいくつもいくつも輝いていた。
「龍巳……愛してる…」
「…真次?」
 ハッとして、俺は自分の耳を疑った。小さくつぶやいただけのその一言が、まさかあいつに届いてるはずはない。おれはどうかしてたんだ。あいつのことばっか考えてたから、あいつの声なんか聞こえるんだ。
「真次?」
 またハッとして、俺は上半身を起こし、慌てて辺りを見回す。
「ここだよ。こんなとこで何してんの?」
 声がした方向を見ると、屋上の入り口のドアの近くから、愛しい笑顔が近付いてくる。
「龍巳……どうしたんすか、こんな時間までっ」
 俺はなるべく平静を装いながら問いかける。
「うん、部室で曲書いてたの。今度ミュージカルやることになって、それで使うやつ」
 龍巳は…いや、龍巳先輩は、1個上で、演劇部の部長を務めてる。俺が一方的に惚れ込んで、偶然を装いながら会話をしたり、生徒会のコネを使って同じ委員会に入ったりした密かな努力のかいあって、今では廊下ですれ違うたびにくだらない冗談を飛ばすまでの面識を持つことに成功してる。
「そしたらさ、なんか上の方から叫び声が聞こえんだもん。しかも自分の名前呼ばれてるからびっくりしちゃって、来てみたらオマエがいてさっ」
「あ、ははっ…すいません…」
 俺が龍巳と目を合わせないように俯くと、龍巳が俺の隣に座った。
「どしたの?何かあった?俺で良ければ話聞くよ?」
 龍巳は俺の気も知らないで、可愛い上目使いで俺の顔を覗き込んできた。どうしたのかなんて、そんなの、話せるわけがないのに…
「いえ、何でもないっすよ。ただこっから眺める星空が好きなだけ…とかキャラじゃねえこと言ってみちゃったり」
「ふうん。じゃあさ、なんで俺の名前、呼んでたの?」
 笑ってごまかそうとする俺を、龍巳は真剣な瞳で見据えてる。何だか、すべて感付かれているようで、妙に意識してしまう俺がいる。
「それは……」
 俺が言葉に詰まっていると、龍巳は俺の肩に頭を乗せ、体重をこちらに預けてきた。もう俺は、どうしたらいいか分からない。
「ははっ…何ドキドキしてんの?俺相手に…。意外と可愛いとこあんだね、真次。はははっ…」
 龍巳は無邪気に笑った。本当に屈託のない、素直で純粋な笑顔…。俺は、そんな龍巳を汚してやりたい衝動に駆られて、思考回路が上手く働かないままに、龍巳の体を抱きすくめていた。女のような、甘い匂いがした。俺より、ひとまわり小さなその体が、愛しくてしかたない。
「真次?」
 龍巳に呼ばれてハッと我に帰る。
「あっ…ごめっ…」
「ううん。いい。このままでいいよ?真次、なんかすっごいいい匂いがする」
 俺はまた、自分の耳を疑った。一度離しかけた龍巳の体を、再び優しく引き寄せながら、俺は意識が朦朧としてくるのが分かった。都合のいい夢なんじゃないのかと思うほどに、今この状況に現実味がない。ただ、この腕が感じる温もりと重みが心地良くて、頭がくらくらした。
「ねぇ、真次?」
「…はい?」
「もし俺がオマエのこと、好きだって言ったらどうする?」
 突然、耳元でそんなことを言われて、俺は無意識に龍巳を抱きしめる腕の力を強めた。混乱しきった頭でも、なお冷静を装おうとする。
「そんなのっ…だって先輩、男じゃないっすか…俺だって男ですよ?」
「じゃあなんでさっき、俺の名前呼んでたの?なんで今、こんな風にしてるの?真次、なんでこんな…心臓バクバクいってるの?」
 龍巳は俺の背中に両腕を回し、首筋に顔を埋めた体勢で、小さくそう問いかけた。
「……に決まってるだろ…」
「え?聞こえないよ…」
 もうどうにでもなれという思いが、俺の中を横切ってく。一呼吸置いた後、俺はついに、一年と数ヶ月、ずっとしまい込んでいた一言を口にした。
「好きだからに決まってんだろっ!!」
 沈黙が流れた。抱きしめ合っているから、お互い顔は見えない。俺の頭の中で、たった今口にした言葉が、何度も繰り返される。
「俺も」
 しばらくの沈黙の後で、龍巳がポツンと漏らす。
「え?」
 今度は俺が聞き返す番だった。その言葉を、どんな風に捉えたらいいのか分からない。
「ずっと待ってた。オマエがそう言ってくれるの。ずっと…待ってたんだよ、俺…」
 俺は思わず龍巳の両肩をわし掴んで、龍巳と視線を合わせた。
「龍巳っ…」
「先輩でしょ?!」
「マジで言ってる?」
「うん。好きだよ、俺も」
「言葉の意味、分かって言ってる?」
「ちゃんと分かってる」
「からかってんじゃないっすよね?」
「そんなわけないじゃん」
「だって…信じらんねえよこんなのっ…」
 俺は、完全に頭が混乱していた。ずっと思い続けてた相手と、しかも男と両思いだったとかっ…このベタな少女漫画みたいな展開、どう考えてもおかしい。
「真次?」
 そう呼ばれた次の瞬間、龍巳はまた俺の胸に飛び込んで来ていた。そして、唇に暖かいものが触れる。俺はしばらく何も考えられなかった。ただ、体が熱くなり始めているのを意識した。酒を飲んだ訳でもないのに、酔ったみたいに…
「信じる気になった?」
 俺の体から離れた龍巳がそう口にした時、俺はすべてを理解した。今、龍巳とキスしたんだという事実。俺はそっと指で唇をなぞってみた。確かにそこには龍巳の温もりがある。これからコイツのすべてを俺のものにしてしまっていいのだろうか…
「何?情けない顔して…真次らしくないよ?」
 龍巳はそう言って笑ってる。その笑顔を見ていたら、俺も思わず笑ってしまった。
「さあ、帰ろっか。お腹すいちゃった」
 龍巳はそう言いながら、ゆっくりと歩き始めた。俺も少し遅れて立ち上がる。
「龍巳―っ!!!!」
 俺はさっきと同じように叫んだ。でも、さっきとは違う。俺の目には、愛しい姿がちゃんと映ってる。俺は、思いっきり走って龍巳の背中に飛びついた。
「うっわ…」
 俺より軽い龍巳の体は、俺の体重で前のめりに倒れそうになる。
「重いよ真次っ」
 そんな言葉には耳も貸さずに、俺は愛しい龍巳を後ろからきつくきつく抱きしめた。
「オマエのせえだかんなっ…俺がこんなんなったの、全部オマエのせえだから…ぜってえどこにも行かせねえから…オマエが嫌がったって、ぜってえ離してやんねえかんなっ!!」
 狂ったようにそう言い放った俺の腕の中で、龍巳は穏やかに笑ってる。
「先輩に向かってそんな乱暴な口の聞き方しちゃっていいの?」
「いいんだよっ…もう関係ねえし。今日からは先輩とは思わねえから。オマエは俺の猫だから」
 こうして俺たちは結ばれた。相も変わらず、夜空には、無数の星が輝いていた。
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