Short Dream

□太陽と君と、
1ページ/1ページ

毎日を楽しく過ごしている俺だけど、
最近もう一つ楽しみが増えた。最近の楽しみの一つ。

朝のごみ出し。


上京して一人暮らしを始めたばかりの頃は嫌な仕事の一つだった。
決まった時間に出さないといけないとか、分別しないといけないとか全てがわずらわしい。

なのに今はその作業すらまったく苦にならない。
もちろん慣れてしまったというのもある。
でも、本当の理由はごみ出しの時にある。

だいたいいつも同じ時間。
俺がごみを片手に収集場所に向かいエントランスを抜けてすぐ。
ちょうどごみ袋を置いたばかりの女性が一人。

今日もいた。

出勤前なのか紺色のスーツに髪を一つ耳の下あたりでゆるく束ねてる彼女。
まだ昇って間もない太陽の光が彼女の髪を明るく照らす。
彼女を見かけるようになったのはつい最近。
名も分からなければ喋った事も無い。
分かっているのは同じマンションの住人という事だけ。

ちょうど一月ほど前にいつもより早起きした俺は溜まったごみをいい加減捨てようと寝起きの身体を奮い立たせ収集場所へと向かっていた。
エントランスを抜けて隅にあるそこにごみを置いて早く部屋に戻ろうと思っていたら自分と同じようにごみ袋を片手に持ったスーツ姿の女性が目の前にいた。
寝巻きのような格好の自分とは違い、ビシッとしたスーツ。
女性だから化粧の時間分早く起きているんだろう。
ぼんやりした頭でそんな事を思っていると先に置いた彼女はコツコツとヒールを鳴らしその場所をあとにした。

たったそれだけの出来事。

時間にしたら1.2分の出来事だろう。
なのに朝焼けに照らされた彼女の横顔とか、どこか凛とした佇まいとかが目に焼きついてその日一日中頭から離れなかった。

それからは彼女に合わすように日が昇りはじめた頃に起き、彼女を一目見るという日々だ。

あの朝の雰囲気と彼女の凛とした姿が忘れられない。
最初はただ一目見ればよかったんだ。
なのに・・・最近ではそれだけでは満足出来なくなってきている。

声が聞きたい。

あの朝焼けに照らされた彼女はどんな声なのだろう?
毎日毎日今日こそは、と思ってもいざ彼女を目にすると言葉が詰まって出てこない。

そして今日もだと思った。

ほんの数メートル先にいる彼女はいつも通り俺の前を横切ろうとしている。
今日も駄目だった。何やってんの俺。
ごみ袋片手に佇む自分が滑稽さに磨きをかけている気がする。
情けないなぁいい歳して

ため息を付いていると彼女がゆっくりと振り向き、俺を見た。


「おはようございます」



―――あ、目が合った。と思った次の瞬間には彼女の声が耳に届く。
その言葉が俺に掛けられたものだと理解するのにわずかに時間がかかった。
彼女の方から声を掛けてくるなんて思ってもみなかった。ここはまだ夢の中なのか?
やっと聞けたあの子の声。
心臓の音がやたら近くで鳴っているような気がする。

早く返事をしないといけないのになかなか言葉が出てこない。
一応何度もシュミレーションはしたんだ。
(おはよう。いつも早いね?)(いつからここに住んでるの?)(よかったら名前教えて?)
頭の中でぐるぐる回っている言葉を発せればいいのに
なのに、それなのに、


「お、おはよ」


結局口からでたのはたった一言。
自分が発したと思えないくらい自身の無いような声。

(最悪だ・・・)

あまりにも情けない自分に落胆が隠せない。

小さくてもしかして彼女には届いていないんじゃないか?と思った。
でもどうやら杞憂だったようだ。

彼女は笑顔を深くし、軽く頭を下げるといつものように去っていった。


「・・・・・・・」


彼女の後姿が見えなくなるまで俺はその場に立ち尽くしていた。
身体は硬直したみたいにまったく動かないのに頭の中はフル稼働だ。
何度も何度も彼女のあの笑顔が、声が再生されてる。




彼女に2度、恋をした。


目を閉じて聴く鼓動の音は心地よくて、
ゆっくりと明るくなる空の下で明日こそは彼女に自分から声を掛けようと決意した。


(とりあえず名前聞けるように、・・・・がんばろ。)












END


title by 下心と青春
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ