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□虹が架かる2分前
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「…ささ酒ぐらいやったら、いいいつでも付き合うで?」

「慰めてるつもり?…なんでどもるのよ」

「…いや。怖いし。でも楽になるかも知れんやろ」

怖いなら言わなきゃいいのに。

「そうね…いいわよ。あたしも、アンタ以外の前でお酒呑むつもりないし」

口の端を上げて、意地悪に言ってみる。

「ん?それどういう…っと」

「えっ?」

突然視界が遮られる。
ぐっと大きな体に引き寄せられて、腕に包まれる。

雨で冷えた体温。

傘が手を離れる。

「なっ…」

バシャバシャバシャバシャ!!

けたたましい音と水柱を上げて、目の前を牛車が横切った。

「あっスイマセーン!」

「アホぉッこん雨ン中スピード出しすぎじゃ牛!」

冷えた体の中で、心臓が暴れる。

包まれたまま触れる美里の鼓動も早いのは…単に牛車に驚いただけだろうけど。

「びっくりした…。やだ、アンタびしょびしょじゃない」

「ん?あぁ、ええよ蔵でシャワー浴びるし」

「どうせあたしも濡れてんだから、今更水浴びたって同じだったのに」

「いやそりゃ長谷川は、おおお女やねんから庇うんは当たり前やんけ!」

美里は思い出したように早口に言うと、ばっと体を放して、あたしが落とした傘を拾う。

「あ、ありがと…」

目を合わさない。
こっちも、恥ずかしくて顔が見れない。

でもなぜか安心する。

いつからだろう。
一緒にいる事が、不思議と嫌じゃなくなったのは。



“長谷川は女やねんから、庇うんは当たり前やんけ”

頭の中で反芻する。

なんだろう。

あたしが欲しかったのは、案外、普通の事だったんだわ。


「…ほんとバカ」

「ば、バカバカてお前…ほんま可愛ないな!」

「アンタはいつも。あたしが欲しくても誰もくれなかったものを、くれるのね」

「…は?」

驚いた美里の顔を見て、自分が笑っている事に気付く。

それが可笑しくて、また笑った。

不覚にも、あたしは楽しいのだ。
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