Remix Heart


□Remix Heart-第六章-
23ページ/345ページ

秋臣(せめて良い青春を送れる様に、俺ももっとしっかりしなければな)

 歳不相応に妙に大人びた、歪な成長をしてしまった孝平。 過去の過ちが息子にそれを強いたのであれば、二度と同じ事を繰り返してはならない。

 恐らくもう、隠し立てする事は不可能だろう。 自ら気付き、知ろうとするならば尚更だ。

秋臣(何より、息子を信じてやらなければな。 自然に笑う事が出来る様になったあいつなら……そんなあいつの傍にいる彼女や仲間達がいれば、きっと――)


 そこで、秋臣の思考は停止した。

 惰性で動く瞳に映るのは、黒い繊維の様な物が絡み付き、宙に浮かぶ赤い何か。 それは赤い液体に塗れ、存在を主張する様に脈打っている。

 その物体が己の心臓だという事を認識する事はない。 胸に風穴が開き、そこから大量の血が滝の様に流れ出し、それによって脳は機能を停止してしまったのだから。

??「痛みは感じなかったかね? Mr.ハセクラ。 私は必要ならば人を殺める事も厭わないが、どんな相手であれ、苦しみながら死んで逝くのを見るのは嫌いでね」

 淡々とした、感情の籠らぬ声。 秋臣の座っている座席の真後ろからのもの。 彼の心臓を引き摺り出し、身体と座席を貫いた黒い繊維の様な物は、その席に座る初老の男から伸びている。

 誰もその異常な光景に反応しない。 いや、出来ないのだ。 この男と部下が仕掛けた幻術で、ほんの少し前に深い眠りに就いていた為に。

??「『輪廻眼』に関しては色々と謎が多く、その足跡を辿るにも苦労した。 半ば諦めていたが、去年部下からの報告を聞いた時には鳥肌が立ったよ」

 衰えを感じさせない逞しい肉体が、その喜びを表す様に震えた。 真一文字に結ばれていた唇も、口角が抑え様も無く吊り上っている。

??「ようやく『輪廻眼』を持つ一族を特定出来た。 息子の方は手を出し難い状況だったが、君にはこうして簡単に手出し出来たよ」

 ずっと……ずっとこの初老の男は待っていたのだ。 『輪廻眼』を手にする時を。

アシュレイ「そして、ここから始まるのだ。 この私、『アシュレイ・ベルニッツ』が……我が『ベルカ公国』が、“真の人類統一”を果たす時が!! 『輪廻眼』を手にする事によって!!」

 自身とその言葉に酔い痴れ、高らかと宣言するアシュレイ。 彼は秋臣の心臓を引き抜き、そのまま体内へと取り込んでしまった。

アシュレイ「さて、メインディッシュを頂くとしよう――うっ!?」

 眼を抉り出す為、座席を回り込んで隣に並んだ瞬間、死んだ筈の秋臣の首がアシュレイの方を向いた。 しかも、その眼は蒼穹色に六本の波紋模様――『輪廻眼』の状態で、膨大なチャクラが集中している。

 本能的に危険を察知したアシュレイは、横に跳躍して狭い通路を滑走。 そして、手近な座席にしがみ付いた。

秋臣「…………」

 刹那の差で、眼に残されていたチャクラが全て解き放たれる。 しかし――

アシュレイ(……何だ、一体? 今確かに、チャクラの気配が――)

 何も起こらない事に首を傾げるアシュレイ。 慎重にその場から立ち上がったその時、秋臣の視線の先――機体右側面の壁が熱した蝋の様に溶け出し、強度を失ったそれは、高速で流れる気流と低い気圧によって外側に吹き飛んだ。

アシュレイ「くっ! 最後にとんでもない置き土産を残してくれたな!!」

 大きく開いた穴から手荷物等の小さな物が、機体の外へ次々と吐き出されていく。 破壊された壁の近くにいた人達も、外へと投げ出されていった。

 悪態を吐きつつ、アシュレイは一気に秋臣の元に戻り彼の襟首を掴むと、その眼を視神経ごと一気に抉り取った。 そして、保存用のオプチゾール液が入ったケースに仕舞うと、部下と共にパラシュートを背負って穴から飛び出す。

アシュレイ(さらばだ、乗員乗客五百三十二名の諸君。 君達は、新たな時代の礎となる。 その死は決して無駄にはせん)


 大きな損傷を負い、内部の人間が全て深い眠りについている機体は、この三十分後、操縦系統の故障により制御を失い――

 日本時間一月十九日夜九時二分頃、乗員乗客五百三十二名を乗せたEUエアライン707便は、新EUブルガリア州ヴェリコ・クルノヴォル県に墜落。 生存者無しの大惨事となった。


 この時は、まだ誰も知らない――

 この“事故”こそが、後に伝えられる『再構築戦争』開始の狼煙である事を。




 第三話-END-
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ