Remix Heart


□Remix Heart-第六章-
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新暦679年1月19日(月)
朝:高等部1-1教室

義之「おはよう」

 桜華の死によって存在が揺らぎ始めた義之は、募る不安や恐怖を抑えつつ出来るだけいつも通りを心掛けて教室に入った。

 だが、彼の挨拶に反応したのはほんの数人。 しかもその数人も、義之を見て訝しげに首を傾げるだけだった。

 ヒソヒソと耳打ちし合っている姿を見て悲しみに沈みそうになったが、彼らに罪はないと溢れそうになる感情に必死に蓋をする。

 本来あり得なかった存在が、徐々にこの世から姿を消そうとしている過程に過ぎないのだから、と。 自然体を装って自分の席に向かうその姿は、健気であり痛々しくも見える。


陽菜「え〜と……?」

瑛理華「ねぇ、孝平。 彼……誰だったかしら?」

孝平「……」

瑛理華「どうしたの、孝平?」

 険しい表情で義之を凝視する孝平に、瑛理華は心配そうに声をかけた。

孝平「……いや、何でもない(瑛理華や陽菜まで忘れてしまったのか)」

 先程のクラスメイトの反応。 桜華討伐の結果、どの様な事態が起こり得るか聞かされていたが、実際に目の前でそれを見ると堪えるものがあった。

 かつて孝平は、頻繁に転校を繰り返していた為に他者と深く関わる事を避けていた。 そうであるが故に、カテリナ学院に来るまでのクラスメイトの顔や名前は靄がかかった様に朧気だし、彼らも孝平の事を覚えていないだろう。

 この学院で瑛理華達に出会う前の孝平なら、その事に何の感慨も抱かなかった筈だ。 だが今は、人との関わりや繋がりの大切さを身に染みて知っている為、今の義之の状態は以前の自分を見ている様で……いや、以前の自分よりも酷く、悲しく、どうにもならない状態な分だけ、余計に胸が裂ける。

 友人の窮状に大した手助けも出来ず、常識外れの忍術と“全ての忍術の祖”等と大した噂すらある“眼”を持っていて、今この時も何も出来ない。 瑛理華が“獣の衝動”に苦しんでいた時以来の無力感が、孝平の思考を鈍らせた。

孝平「っ……!?」

 その隙に、義之に関する記憶がまた抜け落ちた。 少しでも気を抜くと、笊(ざる)で濾(こ)したみたいに細かな記憶が零れ落ちる。 義之の存在を、記憶が消えて行く理由を、それらを知っているから余計に悔しい。

孝平(……きっと、誰よりも悔しくて悲しい思いをしてるのは音姫さんだ。 落ち着け、冷静になれ、支倉孝平。 一番辛い筈の義之も、ああやって普段通りを心掛けているんだ。 俺も普段通りに振る舞え。 瑛理華達に余計な心配を掛けるな)

 大きく深呼吸をして気を落ち着かせつつ、頭の中で燻る感情を鎮火する。 今ここで感情に火が点いても、誰の為にもならないし何の解決にもならない。 何より、義之と音姫は普通の毎日を守る為に辛い選択をしたのだから。

雄真「それで遅刻して内申に響いたら、本末転倒だけどな」

杏璃「な、なぁんですってぇ〜〜!?」

 一人考えに耽っていると、既に恒例となりつつある雄真と杏璃の喧嘩が始まった。 周りにいたクラスメイト達は、またかと呆れ顔で肩を竦めつつも仲裁に入る。 孝平もその流れに乗って、“日常”へと戻った。

孝平「雄真……お前、もうちょっとオブラートに包んで物を言うって事を知った方が――」

瑛理華「いい、小日向君? 女の子っていうのは、とっても繊細でデリケートな生き物なの。 心配するにしても、もうちょっと言い方って言うものが――」

 説教をしつつも、心配そうに横目で孝平の様子を窺う瑛理華。 それに気付いていた孝平は、久し振りに作りモノの笑顔を張り付ける。 例えそれが、彼女の目を誤魔化せないとしても、今だけは。

孝平(知るのが遅過ぎた。 でも、まだ終わってはいない。 もし俺の知らない秘密が、まだこの眼にあるのなら…………)

 孝平は、ある一つの決心をする。 千堂家との関わりの中で、一歩を踏み出す勇気を得ても尚、何故か躊躇して踏み出せなかった領域へ向かう事を。

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