頂き物

□疾風日常録
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……


見廻り組の毎日なんて、こんなもんだ。


………………………………


「すいませーん。財布落としちゃって…」

「おうおう!人手足りねェんだ。ちょっくら、隊士二、三人貸してくれ。終わり次第、すぐ返すからよ」

「びぇぇえん!道に迷っちゃったよぅ……」

「ま、とにかく、話聞いてけ!すぐ済むから!」

「――隊長!大通りで喧嘩が!」


疾風隊の本所には、老若男女で溢れ返っていた。


……


今日は、何せ特別な日だ。


「……なんで、こんな日に」


神城が唇を尖らせた。


「仕方ないだろ」


鈴鳴が半纏の袖をたすきがけしながら、紙を取り上げた。
落し物表だ。
塊と化した人々に向かって叫んだ。


「さっき、財布を落とした方!黄色の巾着ですか!」

「そうです!」


人に潰されそうになりながらも、必死でかきわけてきた。
苦笑しながら、巾着を渡した。


「もう落とさぬよう、お気をつけて。今日は何せ、祭ですから」


そう、今日は祭なのだ。


………………………………


「さっきー、隊士を貸せっつった人ー!」


神城がしかめっ面で呼びかけた。


「おう!俺だ!」


鉢巻きで気合いの入っている、坊主頭の男が意気揚々と前に進み出た。


「…あのねェ、おじさん。俺逹も今日は全員出払ってギリギリの人数でやってんの。無理だから!」


神城が腕組みをして、言った。


「そんな冷たいこと言うなよ!ちょっとだって!なっ?」


おじさんは手を合わせた。


「だ・か・らっ!拝んだって無理なもんは無理!」


………………………………


「びぇぇえん…!」


迷子になったらしい5歳位の子供が一人、泣いていた。
涙と鼻水でぐっしょり濡れた短めの半纏を着ている。


「どうしたのかな?」


桔梗が屈んで、目を合わせた。


「泣いてないで、お兄ちゃんに言ってごらん?」

「…?」


泣いていた子供は口を開けて、ぽかんとしている。


「――どうしたの?」

「お姉ちゃん…天女さまみたい…」

「!」


桔梗が固まった。


……


数秒後、すぐさま否定した。


「ち、違いますよ!僕は、正真正銘…」

「何、子供にムキになってんのよ?――お名前は?」


静香が吹き出しながら、聞いた。


………………………………


狼が頭をかいた。


「あのなぁ…そういう売り込みはここじゃなくて」

「うまいよ、やすいよ!……なんなら、おまけしてやるぜ?兄ちゃん!」


何故か本所の中で屋台の宣伝をしている男が囁いた。


「そう?じゃあ、一つ…」


まんまと口車に乗せられて、狼が懐から銭を出そうとしていると、鉄が走ってきた。


「隊長!喧嘩が…って何やってるんですか!」


いつものこととはいえ、鉄は呆れた。


「いいじゃないの、祭と喧嘩だけが皆の楽しみなんだからさ」

「それは、神城隊長と狼隊長だけです!」

「はいはい、わかりました…」



名残惜しそうに、銭を懐にしまうと本所の中へ呼びかけた。


「――神城、出番だ!」

「……だから…、ん?おう!今行く!」


おじさんを他の隊士に任せて、半纏を翻した。


「桔梗、静香!その子供の親を探し終わったらでいいが、傷薬の準備をしとけ!」

「…わかりました」


まだ渋い顔をしている桔梗は答えた。


「また、喧嘩?ったく…、懲りないわよね。今日で、何回目よ…。――分かったわ!任せて!」

「疾風隊士共!隊長がいねェ間、本所を任せる!」

「「うーす!!お任せを!!」」


……


「……さて、俺は屋台でも…」

「隊長もですよ!」

「冗談だよ、冗談…」


まだ一回も使われていない銭が懐で寂しげに音をたてた。

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