陰惨たる図書館
□管理人の話
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「そんな事を…」
女性陣が去って、狭い部屋に残ったのは男二人。私はセフからさっきの言葉の真相を聞き出していた。
「言って置くけど僕じゃないからね。僕は会った事がないもの」
まだ損なった機嫌が直りきっていないのか、私を見るセフの目がいつものより少々キツい。らしくも無く、どこか落ち着かない様子だった。
「わかってるよ。私が知る限り、あれを見た事があるのは彼だけだし」
昔、まだ今のセフがいなかった頃。その黒い本は一度だけ此処に来たことがあった。セファーと違い、グリモワールは代替わりをしない。生きる者をそのまま取り込む彼の姿を見て、まだ幼かった私は畏怖していたのを覚えている。生を生として見ないあの目は、忘れようとも忘れられ無い。
「なら行かせちゃまずかったんじゃない?あの子、帰って来れないかもよ?」
どうやらセフはそれで怒っているらしい。物語以外に興味を示さない彼にとって、これはとても珍しい事だ。
「まだ決まった訳じゃないからね」
エヴァの知り合いについているのはまず彼に違いない。だが、あの子にアレを見せたのがグリモワールであるにしろ無いにしろ、彼女に目を付ける危険性は大いにあった。
「そうだけどさ…」
セフはまだ何か言いたげだ。あの子と接っするようになってまだ日は短いが、彼の性格が少し変わった様に感じる。…いや、ただ単に私が今非道になっているせいかもしれないが。
「あ。此方に連れて来たかも」
予感がしたのか、セフが玄関ホールを見た。まだ誰も入ってくる気配は無い。ノブは静かに構えたままだ。
「本当に?」
「ん。所有者になってる訳じゃ無いみたいだけど」
「そう、よかった…」
一時の安堵を追い越し、盛大な溜め息が漏れ出そうになった。行かせ無ければよかったと、今更になって後悔がやって来る。まさか彼を此処に連れて来るとは。
「やれやれ、面倒な事に。鍵はしておくから、大人しくしてるんだよ」
「ん」
壁に掛けてある鍵を取り、子供部屋の扉を閉めた。これで中から開けない限り、部屋の中に入る事は出来ない。
今になって何故此処に?まさかまた…
ちゃんと施錠された事を確認して玄関へ戻ると、丁度よいタイミングで扉が開かれた。
「行くか、図書館」
ベッドにしがみついて離れないエヴァちゃん。その友人を消してしまった手が、今は私を掴んでいる。怖くて、従うしかなくて…泣いているエヴァちゃんを一人残して、部屋の扉を開いてしまった。
「おかえりなさい」
奥の廊下からラジエルさんが出迎えてくれた。男の手に力が入って少し痛い。肩を抱く男を見て、彼はニコリと微笑んだ。
「お久しぶりです。カインさん」
「ん?……あ、お前あん時のガキか!」
私を解放しないまま、本はぐいぐいと図書館に足を踏み入れて行った。歩調が合わなくて歩きにくい。
「でかくなったな〜俺の事覚えてたのか?」
「ええ、勿論」
「人の時ってのは早いもんだな。俺等とは流れが違うから、いまいち時間の感覚ってのが分かんねぇんだよな」
この人達…知り合いなんだ。
本の親しげな態度に、私はただ驚いた。まるで親戚同士で対話をしているみたい。だけど本が楽しそうに喋るのに対し、ラジエルさんは軽くあしらう程度。何だか早く切り上げたい、という空気が伝わってきた。
「それで、今日はどうされたんですか?」
「挨拶ついでにちょっと確認をしたくてな」
「……っ!」
突然気道を塞がれて、息をするのが苦しくなった。本の腕が私の首に回り、きつく締め上げてくる。力はどんどん増していき、私は踵が床から離され、半分吊り上げられた状態になってしまった。
「ここに、ヘンゼルって奴が来なかったか?」
ヘンゼル…?
「ヘンゼルさん?さぁ、存じ上げませんね。すみません、筆者の名前を聞くことはあまりないので」