陰惨たる図書館
□ヘンゼルとグレーテル
1ページ/7ページ
裕福な暮らし。
仲の良い父親と母親。
可愛い妹と日暮れまで遊んでぐっすり眠る。
それでも幸せは続かない。
貧しい暮らし。
いなくなった二人。
可愛い妹は眠ったまま。
それでも不幸は続いてく。
→→
プカプカプカプカ海の中。
小さな妹の手を握り。
トクトクトクトク僕の音。
握り潰して消えていく。
(また、遊ぼうね)
「おかえり」
あれからいくらベッドで横になろうとも、私が再びあの白い世界に誘われる事はなかった。私におかえりと言った人物。あれはラジエルさんでも、セフ君でも無かった気がする。確かに顔を見た筈なのに、それがなかなか思い出せない。
でもきっと、あの人が私を呼んだんだ…。
どうしても気になって、私はまた図書館を訪れていた。本がいるのは子供部屋に並ぶ棚の四列目の一角。彼はやはり何をするでも無く、ただ足の長い椅子に腰を掛けて物思いにふけっていた。
「何?」
向こうから声をかけてきたにも関わらず、その調子にはさして興味や関心は見受けられない。おおよそ私の態度で自分を読みに来たわけではないと悟ったのだろう。相変わらず目は伏せられたままだった。
「真っ白い世界の事何か知ってる?セフ君の中とは別に」
話題に興味を抱いてくれたのか、彼の緋色の目が私を仰いだ。こうして目を合わせるのは本の中に入る以外初めてのような気がする。全てを見透かすかのような瞳に、思わず身構えてしまった。
「君が居たのは本の中だよ。それは確かだと思う。白い世界なら僕は本の中しか知らない」
ラジエルから聞いた、とセフ君は呟いた。私がセフ君に最後にあったのは、あの終わらない白雪姫の記録をしている時。でもその後直ぐに別の筆者が来て、結局自分からは話せず終いだった。
「でも私、ベッドで寝てたんだよ?」
「君がどうしてその中に居たかは解らないけど、僕じゃないなら違う誰かの干渉を受けたんじゃない?」
誰かという言葉に、あの後ろ姿がよぎった。此方に背を向けた、おそらく男性。ここ何日か頭の中で繰り返し流れている映像だ。だけどその人が振り返る瞬間、いつもそこで記憶が途切れてしまう。
「本ってセフ君だけじゃないの?」
「そうだよ。最も、内容は様々だけどね」
そう言ってセフ君は後ろにもたれ、何もない棚が窮屈そうにひしめき合う部屋の全体を眺めた。
「ここ、何でこんなに空き棚ばかりあると思う?」
「図書館…だから?」
取りあえず答えたものの、誤答である事は明確だった。呆れの混じった息が本から吐き出される。
「えっと…」
「元々ここには沢山の本がいたんだよ。でも一ヵ所でまとまってるより、バラバラの方が色々と都合がいいでしょ?」
「ここに…」
確かに彼らのような本が一つに集まる必要性は無い。逆に効率を悪くするだけだろう。ならばやはりと、自分の中で答えが確信に近づいた。
「じゃあ、あの人が本だったのかな…」
「あの人って?」
「ラジエルさんには言ってなかったけど、白い図書館の中に人がいたの。その人も私と同じで動けてたから…」
「ふぅん…。でも違うと思うよ?自分の中に自分は入れないしね」
「う〜ん、そうだよね…。もう、何で顔を思い出せないんだろ!」
私がイライラして悶絶していると、不意にセフ君は何か思いついたように呟いた。
「…図書館に、か。もしかして僕の前にいた本かもしれない」
顔を上げたセフ君は部屋の隅に追いやられた子供用のベッドを見やった。埃を被っている様子から、彼が使っていない事は十分に窺える。
「前って、セフ君はここにずっといるんじゃないの?」
「ううん、本だって永久に存在するわけじゃない。古くなったら中身を受け継いで新しくなるんだ」