陰惨たる図書館
□白雪姫
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その日の夜、私はいつものように自分のベッドで眠りについた筈だった。
ここ……
一面に広がる白、白、白。クリアになった視界に現れたのは、家も木も空でさえも全てが白色に統一された街。周りに動く影は無い。街の景色と同じく色を失った私は、たった一人で立っていた。
「 」
!?
セフ君の中に似てる。そう言おうとした私の声は、口をパクパク動かしただけで音として外に出てこなかった。あ、とか、う、とか唸ってもやっぱりダメ。
どうなってるの…?私ベッドで寝てただけなのに…。
周りを見回したけど前みたいに赤い線なんて無いし、無音の世界では流れる雲もただその場に留まるだけ。静まりかえる街並みに、じわじわと恐怖が襲ってくる。
セフ君の中じゃないことは確か…。兎に角、何処か違う場所に行ってみよう!
じっとしていては頭が悪い事ばかり考えてしまう。幸いこの世界と違って私の体は動く事が出来た。取りあえず状況を変えようと、宛てもなく進んでみる事にした。
そう思い立ってから何れくらいになっただろうか。商店街に住宅地。歩けども歩けども変化は生まれず、何処まで行っても白い景色にいい加減うんざりしてきた。
けれどそんな中、私はあることに気が付いた。この街は私の住んでいる街に似ている気がする。店の並びとか、道の曲がり角とか、街灯の作りとか。もしかしてと思い、私はあの路地裏のある場所を目指してみた。
…やっぱりあった!
図書館へと続く、普段は行き止まりの筈である路地裏。思った通り、やはりこの世界にも道は存在していた。ナイトメアを追い掛けたあの時と同じ道が目の前で口を開いている。彼処に行けば何か解るかもしれない。期待を込めると言うより、すがるような気持ちで路地へと入った。
少し歩けば見えてくる二階建ての建物。ここも路地の外と同じ、白の世界に染まっていた。全体が白いせいか、本物の図書館よりも真新しく見える。
「 !」
その窓に掛かるカーテンが、僅かながらに揺れたのが見えた。
よかった、誰かいる!
私はほっとして扉の前まで駆け寄った。これで何とかなる、しかしそう思ったのも束の間、扉は押しても引いてもまるで飾りの様にビクともしない。
ラジエルさん!セフ君!
扉を叩いて叫んでも、それは音として表れてくれなかった。何とか気付いてもらおうと窓を覗き込んでみる。白は部屋の中にまで及び、椅子に腰掛けた人影も白く、すっかり背景に溶け込んでいた。必死に手を振ってアピールする。揺れる私の影に気付き、人影はゆっくりと此方を振り返った。
あ、ラジエルさ……
「おかえり」
スパーーーンッッ!!!
「……え?ええええ!?」
いつの間にか私は図書館の中に入っていた。それもちゃんと色も感覚もある現実の。でもそれ以上に驚いたのは、目の前の光景だった。
「最低だわ。今までの中で一番最悪な終わりよ!」
乾いた音に、衝撃で床を滑る眼鏡。長い黒髪に白い肌、赤い頬をした美しいその人は、凄い形相でラジエルさんを睨んでいた。
「貴方のせいでまた振り出しじゃない!どうしてくれるのよ!」
「だから言ったじゃないですか。私のは宛てにならないって」
な、何これ……。
一体自分の身にも、この人達の身にも何が起こったのか全く状況が呑み込めない。完全に空気になっていた。
「わかったわ、もう貴方には頼らない。自分で探すわよ!」
女性は好き勝手に怒鳴り散らした後、カウンターに開かれた状態で置かれていたセフ君の中へと入って行ってしまった。取り残されたラジエルさんは外れた眼鏡を拾いあげ、そのままかけずに胸ポケットにしまった。
「やれやれ…」
「あの、大丈夫ですか?」
叩かれた左頬はそれは見事に赤く腫れ上がっていた。いきなり現れた私に少しだけ驚いた様子を見せた彼は、直ぐに罰が悪そうに笑って見せた。
「あはは、豪快に飛ばされましたね〜。いつからいらしてたんです?全く気が付きませんでしたよ」