陰惨たる図書館
□ひな祭り
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近くの公園を通りかかった私は、そこで見覚えのある寝癖頭を発見した。
「ナイトメア?」
振り返ったのはやっぱりナイトメアだった。印象の強いくっきりとした隈や、困っているかのようなハの字眉毛は一度見たら忘れられない。そうでなくても彼は完全に普段の町並みから浮いていた。今日の寝癖はまた一段と酷い。前髪が髪の流れに逆らい、オールバックのように後ろへ倒れていた。
「…ん〜?」
私より一つ分以上高い位置にある頭が横に傾く。体まで傾かせて唸ってる様子を見ると、どうやら私の事を覚えていないみたいだ。
「もう、図書館で会ったでしょ!」
「そう〜…だっけ?」
体がこれ以上傾けなくなると、今度は逆方向に首を捻らせ考え出した。表情が変わらないから本気で悩んでいるのかはわからないけど。
そういえば、この人図書館に来て直ぐに寝ちゃったんだっけ……。
「おい、誰だお前は?」
そんな私達のやりとりに痺れを切らしたのか、なかなか私の事を思い出せないナイトメアの後ろから知らない声がかかった。死角になって見えなかったみたい。紫髪の小柄な男の子が、蛇のように鋭い目付きで私を睨んでいた。
「ああ、思い出した。図書館にいた子だ」
…それはさっき私が言ったよ!
「図書館?まさか彼処のか?」
「貴方もラジエルさんのお友達なの?」
警戒がとれたと思い話しかけた途端、彼はまた凄い勢いで振り返って私を睨んできた。心なしかさっきよりもきつい気がする。
「友達?いつ誰がそんな事を言った!」
「ち、違うの?」
「当たり前だ!俺は仕事で仕方なく関わってるだけで、だいたい――」
仕方なくと言う部分を強調した後、男の子はブツブツと何やらよくわからない文句を語り始めた。事情はわからないけど仲は相当悪いみたい。
「レヴィアタン。仕事仲間」
それに割り込むようにナイトメアの簡単過ぎる紹介が入った。そう言われて見れば二人の着ている服はどこか似ているような気がする。黒のロングコートを纏うナイトメアに対し、レヴィアタンの黒コートは丈が短く、肩の部分からザックリと開いていた。中のインナーが露出していて、大きなフードが特徴的だ。
「レヴィアタン、早くしないと筆者が消えちゃうよ?」
「あ?ああ、そうだな」
「消える?筆者が!?」
「うるっさいな…お前と話している暇は無い。行くぞナイトメア」
「あ、待って!」
私の言葉を遮り、二人は踵を返して行ってしまった。ラジエルさんが前に言っていた筆者の消失。二人はそれを何とかする為に動いているのだろうか。もしそうなら私も行きたい。思ったらもう行動するしかなかった。
「何でついて来るんだ!」
予想通り、レヴィアタンは私がついて来るのを嫌がった。でも私だって来てしまった以上、これぐらいで引き下がりはしない。
「別に邪魔するつもりで来た訳じゃないんだからいいでしょ!」
歩幅の小さい私達は口で喧嘩をしながら、速歩きで町の人垣を進んでいた。ナイトメアはそんな私達を止めるでもなく黙って歩く。
「で、肝心の筆者の居場所ってわかってるの?」
「わかってるからこうして向かってるんだろうが!もういいからお前帰れ!」
「貴方って背は小さいのに声と態度は大きいよね〜」
「ぁあ!?お前なぁ……っと―!」
「わっ!」
突然話を切ったかと思ったら、レヴィアタンは急にブレーキをかけて横道に入ってしまった。危うく通り過ぎて見失ってしまう所だったが、辛うじて建物の中に入る後ろ姿が見えた。
「…えっ、お店?」
「ここにいるみたいだね〜」