陰惨たる図書館

□サンタクロース
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同じ扉がいくつも並ぶ、住宅街の一つ。私がいるのは自分の家へと通じる筈の、何の変哲も無い普通の扉。だけど見慣れたプレートを下げたそこを抜ければ、全く別の空間が広がる。手土産の紙袋を抱えてそのノブを回そうとした時、何やら視線を感じて体勢を戻した。



「……?」



私が立っている所から少し先。石畳の通路の真ん中に、白い鳥かごを持った幼い兄妹がいた。かごの中には何もいない。二人の子供達はじっと此方を見つめたまま動かなかった。



見かけない子…迷子なのかな?



しかし声を掛けようと近づくと、彼らは互いに手を取り合って走り去ってしまった。



「ママー」



消えた角から可愛らしい声が響く。そして然程間を開けず、呼ばれた母親らしき女性の声が返ってきた。



何だ、迷子じゃなかったんだ。



二人きりでないなら安心だ。私は再びドアノブを握り、図書館へと足を踏み入れた。



「ママー。お客さんが来てるよー?」






「こんにちはー」

「いらっしゃい。もう体は良いみたいですね」



アポイントが無くても必ず出迎えてくれるのは、長い金髪をリボンで結った眼鏡の男性。何時ものように緑色のシャツを肘まで捲り、ニコリと微笑んだ。エプロン姿でカウンターの奥からやって来たと言うことは、何かの作業中だったのかもしれない。



「昨日はすみませんでした。もう大丈夫です」



昨日、二つの話を読み終えてここに戻って来た私は酷い疲れに襲われた。それは一人では歩く事もままならない程で、危うくまた一晩厄介になるところだった。セフ君曰く、これは本の内容に深く引き込まれ過ぎない為の制限みたいなものらしい。



―それに、ずっと中にいられちゃ筆者が来たとき記録が出来ないから―



昨日のセフ君の言葉が甦る。彼としては此方の意味の方が強いのだろう。もう二度としないことを約束して、その場はなんとか許してもらった。



「それはよかった。そうだ、今丁度お茶をするところだったんです。よかったらどうですか?」

「はい!…あ」

「少し待っていて下さいね」



遠慮のない返事にしまったと思ったものの、現れたアップルパイを目にすればそんな事は過ぎたものだった。サクサクと切り分けられたピースから甘酸っぱいいい香りが広がる。



「ふわ…美味しそう……。あ、私今日はお礼をしようと思ってこれを持って来たんです」



パイの香りにうっかり今日の用件を忘れてしまうところだった。両手で抱き締めていた包みをラジエルさんに差し出す。中身は店員さんに選んで貰った紅茶葉セットだ。ラジエルさんイコール紅茶、と言うイメージがあってこれにしてみた。



「こんなに沢山ありがとうございます。早速淹れてきますね」

「あ、あと一応セフ君にもあるんですけど…」



包みの中には紅茶とは別に、コルクに封された小さな小瓶を入れていた。透明なガラス瓶の中身は綺麗な飴玉。リボンがついて可愛らしいくラッピングされている。



「何だか気を使わせてしまったみたいですね。セフのを選ぶのは大変だったんじゃないですか?」

「アハハ、はい…」



ラジエルさんの言う通り、セフ君のを選ぶのはかなり頭を使った。彼の好きな物と言っても何も浮かばないし、本である彼に喜ばれる物など思い付きもしなかったからだ。



嫌いな物ならピンとくるんだけど…。



そこで思いついたのが逆転の発想。店内をぐるぐる回っている時に、丁度これが目に入った。



「これなら食べる時に汚れなくていいかなと思って」

「そうですね。きっとセフも喜びますよ」



ラジエルさんの笑顔を見て少し安心した。セフ君が喜ぶかどうかわからずに買ってしまったけど、これなら機嫌を悪くされることはなさそう。



笑ってくれると尚のこといいんだけど。



「今日も読まれて行きますか?」

「そうですね、直接セフ君の反応も見てみた――」

「女性を家に連れ込むなんて、貴方もやっぱり男ね」



………?

……Σアップルパイ!



気が付いたら、私の目の前にあったはずのパイが忽然と姿を消していた。シャクシャクと言うこぎみの良い音を目線で辿ると――
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