陰惨たる図書館

□ねずみの嫁入り
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白い封筒は生者からの手紙。

黒い封筒は死者からの手紙。



届くはずの無い手紙が届いてしまい、結ばれる筈のない二人が結ばれてしまったお話し。



気が付くと私は一面真っ白な世界に、たった一人で立っていた。目の前には遥か地平線から引かれた赤い線が一本あるだけで、それ以外は何も無い。その色調はセフ君のローブと紐飾りを彷彿させ、私は今だ彼の中にいるのだと確証した。



真っ白いローブと赤い紐。彼が本なら、あの紐はしおりと言ったところだろうか?もしかしたら、あの線を越えれば次の話に行けるのかもしれない。



浮かんだ好奇心に素直に従い、私は両翼に伸びる境界線を跨いだ。足が向こう側へ着いた途端、静寂に慣れていた私の耳に、無数の音が襲ってきた。



「……っ」



余りの騒音に後退ると、音は一瞬で消えた。やはりこの向こうは別の話へ繋がっている。耳を両手で抑え、もう一度ラインを踏んだ。



『―――』『―――』『―――』『―――』



ざわつきは歩みを進める度に大きくなっていった。沢山の人の声はその一つ一つと、何かを打ち付ける激しい物音とが折り重なり、個人個人がなんと言っているのかは聞き取れない。



『彼こそ娘の』『お父様』『あの太陽のように』『そこらのグズにくれてやる』『すまなかった』『まさか本当にそんな人を』『誰よりも強く』『関係ないし、何より』『好きな人と』『なんて強い風だ!』

『私の』
『娘の』

『結婚相手は』



『 ねずみ 』





ある町のある商家に、それは美しい娘がいました。町でも彼女の美貌を知らぬ者はなく、父親の溺愛っぷりも激しいもので有名でした。



『どうか娘さんを私に』

『どうか僕に』



そんな娘の所には求婚者が後を絶たず、毎日のようにプレゼントや花束が贈られてきます。ですが父親は彼らとろくに話もせず、全て断っていました。



『残念だが、私の娘の婿は誰よりも強く、賢い男と決めている』



ある日、父親は誰が娘の婿に相応しいかと言うことで頭を悩ませていました。



『ううん……。こいつでも無いし、こいつはバカだ。こいつは腕は立つが…』



机の上に広がった紙々と睨み合いながら、理想の婿を探します。ですがいつまでたってもよい人物が浮かび上がりません。



『ええい、こうなったら自ら探しに行くまでだ』



悩んだ末、父親はこれが一番よいと決断しました。上等な上着を羽織り、鞄にパンと葡萄酒を入れ、お気に入りの帽子を被って婿を探しに出掛けて行きました。



外に出て早速、人々にいい婿がいないか話しを聞いて回ります。ですがどの人も首を横に振るか、理想に全く届かない男達ばかりで、婿はなかなか見つかりません。



季節は秋を迎えた頃でしたが、今日はお日様が顔を出し、外は暖かい気候になっていました。散々歩き回った父親は少し休もうと上着を脱ぎ、木陰へ腰を降ろしました。



『これだけ探してもいないとは…この町には力強く大地を照らすあの太陽のような男はいないものか』



一息つき、父親は隣り町にも行ってみる事にしました。



隣り町へ向かう途中、父親はある豚小屋の前を通り掛かりました。これから何処かの町に売りに行くらしく、次々に豚が馬車へ乗せられていきます。しかし豚達は真っ直ぐには進んでくれず、手綱を引いてる男達はあっちこっちに引き摺られていました。



『全く情けない。ここには条件に見合う男は居なさそうだ』



さっさと通り過ぎようとしたそんな中、父親の目に嫌がる豚達を軽々と抱えて馬車へ放り込む一人の男性が映りました。



『あんな大きな豚を投げるなんて凄い力だ!』



それを見た父親はすっかり感心し、娘の婿は彼しかいないと思いました。






『俺があんたの娘の婿にだって?』



父親は男性を連れだし、娘の婿になる強く賢い男を探していることを伝えました。



『貴方こそ私の娘の婿に相応しい。どうか娘をもらってやって下さい』



父親に頭を下げられ、男性は困ってしまいました。自分をそこまで評価してくれた事に対しては嬉しいのですが、顔も知らない娘と結婚など出来る筈がありません。
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