陰惨たる図書館
□やぎさんゆうびん
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意識が浮上するのを感じた。茶色一色、知らない天井が視界に映る。何だか体がだるい。朝はわりと強い筈なのに、妙な重圧が体にのしかかってなかなか起き上がれないでいた。
「ここは……」
ふかふかとした感触が私を包んでいる。いつの間にか自分はベッドに寝かされていたようだ。重い頭を何とか起き上がらせ、部屋の様子を伺う。窓から差し込む光はもう朝を迎えていた。
「私…昨日図書館にいて……」
寝起きの頭を無理矢理に回転させ、昨日の記憶をたどる。
火…そうだ、そこで火事があった。
ベッドから降り、自分のいる部屋を見回した。炎の跡など何処にもない。ベッドがあって、テーブルやクローゼットがあって、別段変わりないただの部屋だった。机の上にはクマやウサギのぬいぐるみがもたれ合いながら座っている。
でもあれはただの幻で…私はセフ君に引っ張られて物語を読まされて…それから……。
そこからの映像は残っていなかった。誰かが廊下を歩く足音が聞こえ、一旦思考を止める。足音は私がいる部屋の前で立ち止まり、ドアが軽い音をたてた。
「私です。もう起きていらっしゃいますか?」
「あ、はい」
聞き覚えのある声に返事を返す。ドアを開けてやって来たのは、やはり昨日出会った本の管理人だった。
「お早うございます。体調はどうですか?」
少し気だるさは感じられるが、これくらいなら問題ない。大丈夫と答えると、管理人はニコリと笑った。
「もしかして、私を此処まで運んでくれたんですか?」
「余程疲れていたのか、あれから直ぐに眠ってしまったんですよ。流石に女の子を床に寝かす訳にはいきませんから、勝手ながら空き部屋に運ばせてもらいました」
「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまって…」
「いいえ、仕方無いですよ。初めてなのに二回も物語の中へ入りましたから」
物語と聞き、あの消えかけていた少女の事を思い出した。歩くだけで体が霞んでいたぐらいだし、書き終える前に消えてしまったんじゃないだろうか。
「あの子どうなったんですか?」
「私も昨晩の内に読みましたが、ちゃんとセフに記録されていましたよ」
そう笑うラジエルさんの手には一冊の本があった。金に縁取られてるだけの、真っ白でタイトル表記も何も無い大きな本。それがセフ君であると直ぐにわかった。
「よかった…」
ヤマダハルカちゃん。彼女はとても活発な子だった。明るくて、優しくて、いつも笑っていた。大好きなお婆ちゃんが父親に殺されるまでは。
精神的なショックと虐待が重なり、彼女は妄想に逃げ込んでいた。それは次第に現実との境目を無くす程深くなり、いつしか幻覚となっていた。
そう言えば…
「あの子って何処の国から来たんだろう?見たことのない建物がいっぱいあって、道には大きな箱が走ってたんですよ」
それ以外にも彼女の世界には不思議な物がたくさんあった。小さな人が閉じ込められた箱、何かを耳にあてて喋りながら歩く人々、いつまでも消えない灯り……何れも私が見たことも無いものばかりだった。
「筆者は国も時代も関係無くやってきます。それこそ未来からも。ここは昨日説明した特別な方の前にしか現れません」
「じゃあ逆に、そういう人達にとってここは何処にでもある…と言うことですか?」
「道が繋がる、という感じですかね。それよりも朝食の用意がしてありますよ。よかったら下にどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
何だかんだと言って随分とお世話になってしまったものだ。ラジエルさんが先に部屋を出て、私も直ぐ様向かおうとした時、部屋の壁に備えられていた鏡に自分の姿が映った。
「……ああ!?」