陰惨たる図書館
□かぐや姫
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たまたま遊んでいたボサボサ毛並みの黒い猫。私の猫じゃない。朽ちかけの首輪をつけた、多分野良猫。元は飼われていた分人馴れはしているようで、手を出しても逃げる事は無かった。愛らしい紫色の瞳が、私をじっと見つめている。
やはり警戒はされるか。
諦めて手を下げると、今度は猫の方が自らすり寄って来た。
「ニー」
猫が与える、どこか懐かしい温もり。指を噛まれてちょっと痛いけど、見ているだけで自然と頬が綻んだ。
「……ん?」
伸びきった毛の中に、小さな鈴と銀色のプレートが埋もれている。もしかしたら名前が書いてあるかもしれない。そう思って手を掛けると、猫は急にそっぽを向いて路地の方へ走り去ってしまった。
「あっ」
夕陽でオレンジ色に染まった人影のない路地。この辺りの道はよく知ってる。私は猫が鳴らす鈴の音を追いかけた。
何故なら、そこは何もないただの行き止まりだったからだ。
「あれ?」
この路地は直ぐに壁にぶつかっていたはず。なのにこれはどうした事か、今はその壁も猫の姿も見当たらない。もう少し先へと、私の知らない道が続いていた。
「おかしいな…」
一本間違えて覚えていたのだろうか?取りあえず猫を追って路地を抜けると、そこにはレンガ造りの二階建ての建物が構えていた。窓には全てカーテンが引かれていて、中を見る事は出来ない。
「こんな家…あったっけ?」
家の壁には蔦がびっしりと付いていて、とても古臭い様子だった。でも何故だろう、不思議と心が惹き付けられるような気がする。私は自分でも気付かない内にその家の前までやって来ていた。そして、何かに誘われるかのように扉に手をかけた。
内部は思ったよりもずっと綺麗で明るかった。入って直ぐにあったカウンターはピカピカに磨かれており、無駄な物は何一つ無く整理されている。床だって私の足が映り込むくらい綺麗だ。
「お店なのかな…」
部屋を囲むようにいくつも置かれている様々な棚たち。しかしこれはどれも朽ちたり薄汚れたりしていて、部屋の内装から完全に浮いていた。売り物、では無いことは確かだった。
「こんにちは、お嬢さん」
突然声を掛けられ、危うく心臓が飛び出そうになる。声がした店の奥を見ると、そこには黒いエプロンをかけた店員らしき人影が立っていた。
「おや、驚かせてしまいましたか。これはすみません」
眼鏡にそばかす、緑色のシャツを肘まで捲った若い男性。金色の長い髪はリボンで横に結わえられ、肩に垂らしている。深い緑色の瞳を優しげに細めた、人の良さそうなお兄さんだった。
「すみません!私猫を探してここに来ただけで黒いっ」
誰かいると思っていなかった私は、自分でも笑ってしまうくらいに慌てていた。お客で無い上に興味本意で入っただけ、なんてとても言えない。
「黒猫…ですか?残念ですが今日は見かけていませんねぇ」
明らかに怪しい様子だった私に、何の疑いも持た無かったらしい。店員は顎に手をあて、笑顔のまま考え込んでしまった。
「それじゃあ別の所を探してみます。お邪魔しましたっ」
「あぁ、待って下さい。折角いらっしゃったんです。どうぞ奥へ」
店員は照明の届いていない奥の通路へと私を促した。そこからは妙に暗くてよく見えないが、此方と同様にいくつもの棚が並んでいるようだ。
「でも私、お金持ってないし……」
「お金なんて必要ありませんよ。ここは図書館ですから」
店員は笑顔で首を振ると、灯りもつけること無く、暗がりの中へと入っていってしまった。
「…図書館?」
図書館とは予想外の答えだった。いきなりの誘いに少し躊躇ったけど、私は沸いてしまった好奇心を擽られ、それに乗る事にした。通路の両脇は全て棚に埋め尽くされていて、人一人が何とか通れる位の狭いものだ。近くで見た棚はやはりどれも古めかしく、本は愚か何も置かれていない。改めて先程の疑問が浮かぶ。
本当に図書館なの…?
「あのぅ……キャ!」