金色のムトンと真っ赤なルブト

□第六話
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『来ないなぁ…まだかなぁ……』


もうここで待ち初めてどれくらいの時間が経っただろうか。昼食後の満腹感からくる心地好い睡魔に襲われながら、マルコはもう何度目かわからない独り言を零した。


『早く来ないなぁ、カリュウドさん』


狩人が住むと聞く無気味な小屋の前で寝そべりながら、マルコは軽く目を閉じる。館の住人でもないのに、シープ達とつかず離れず暮らしている、狩人と呼ばれる人。別段危害はないとは言え、やはり子犬には彼の存在が気になって仕方がなかった。


『どうしていつもいないんだろう?もしかしてドルアーガが僕に嘘をついた?それとも知らない間にお引越しちゃったのかなぁ……うーん』


いい人ならば友達になりたい。だが悪い人ならば……どうしてこんな所にいるののだろうか。ぐるぐるぐるぐる、マルコは普段使わない脳みそであれこれ考えてみたが、どれもいまいちピンとこなかった。


『ふぁ…早く来ないなぁ。まだかなぁ』


待ち草臥れたマルコの眠気は、既に最高潮へと達していた。もう今日は帰ってしまおうか。いやいや、今日こそ会うと決めたのだ。マルコは何度と諦めようとする弱い心を振り払い、辛抱強く狩人を待ち続けた。しかし、時間が経てば経つほど、マルコの疲労は意思とは無関係に蓄積されていく。狩人の姿は…今だにない。今日は固い決意を持ってここまで来たマルコだったが、遂に睡魔には抗いきれず、子犬は本人さえ気付かぬ合間に小さな寝息を立て始めた。






「………」


白くて小さな毛むくじゃらが、小屋の前で彷徨いている。それも、明らかに人の臭いがする場所に、たった一匹でだ。そんな黙々と餌を食む獲物の様子を、茂みの中からじっと見つめる男がいた。歳は二十代始め頃。大きなフードが着いた茶色のマントを羽織り、手には狩猟用の銃を握っている。銃口は、目の前の獲物へと向けられていた。



―――――っ!!



『―――うわぁ!?』


突然の大きな音に驚き、すっかり寝入っていたマルコが慌てて目を覚ました。心臓が痛いくらいに跳ね上がり、足はガクガクと震えている。動転した体は恐怖により、その場から全く動けなくなっていた。


「そこにいるのは誰だ」

『ひっ!?』


震えるマルコの前に、猟銃と死んだ兎をぶら下げた見慣れぬ男が現れた。大きなフードが着いた茶色のマントと、赤い髪が特徴的な若い男。長すぎる前髪のせいで目元が隠れている所は、シープと少し似ている。だが、主の優しい香りとは違い、男の薄汚れた恰好に染み付いた獣と血の臭いは、マルコに言い知れぬ恐怖を植え付けた。


『もしかして…カリュウド、さん?』

「……そうだが、お前は誰だ?見た所偽物のようだが、まさか館の住人か?」

『うん……』


偽物…。その呼び方に少々引っ掛かったマルコだったが、表には出さなかった。


「一体俺に何の用だ?退屈凌ぎで此処へ来たのだとしたら、とんだ間違いだぞ」

『ご、ごめんなさい』


耳を捕まれた無表情の兎の目が、狩人を前にして怯えるマルコの姿を見つめる。本当は、彼に会って色々話したい事があった。しかし今のマルコでは、ただ言われた事に頷くか、大人しく謝る事しか出来なかった。しかしこのままでは、今まで待ち続けた意味がなくなってしまう。マルコは息を呑んで狩人に話しかけた。


『あの、僕カリュウドさんに…』

「マルコ、こんな所で何をしているのですか?」


マルコが漸くまともに口を開けかけた時だった。茂みが揺れた所から、見計らったかのようなタイミングでルーチェが姿を現した。


『ル、ルルルーチェさん!?』

「また偽物か…お前まで一体何の用だ」


驚くマルコとは裏腹に、悪態づく男の様子はそれは冷静なものだった。全く予期していなかった事態だが、こうして身内が来てくれた事によって、心細かったマルコにほんのりと安心感が生まれる。これなら、少しはまともに狩人と話す事が出来るかも。そう思ったマルコだったが、既に狩人の目に子犬は映っていなかった。


「ロート、そんなに怖い顔をしないで下さい。私はこの馬鹿犬を探しにきただけですから」

「ならそいつを連れて早く消えろ。俺が偽物嫌いなのは知ってるだろう」

「ええ、言われなくともそうします。さぁ、行きますよ。ぐずっている主を叩き起こさないと」

『えっ、あ、あの……』
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