捧げ物

□陰惨たる図書館
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「漸く物語以外に興味が向いた?」


ラジエルの手を止めたのは、セフのぼんやりとした視線だった。そんなわけないでしょ、と、つれない返事が編物をする管理人の期待を一蹴する。まぁ、否定されるのは予想の範疇だったが、ラジエルはわざとらしく残念がった。


「視線が気になるならもう見ないよ」


セフがふいと顔を逸らす。それは子供が機嫌を損ねた時の態度とよく似ていたが、彼の横顔には何の感情も込められていなかった。どこまでも淡泊で、物語以外では何に対しても無関心。それがこのセフと言う本だ。


「ごめんごめん、そう言う意味じゃなかったんだ。ただ、セフにも何か一つくらい興味を持てるものがあったらなと思ってね」

「そんなの……」


あるわけないと続こうとしたセフの言葉を、ラジエルが取り上げる。


「ないにしては、よく私がする事を見ているようだけど」

「………」


黙りこくったセフの目が、一瞬ほんの僅かに見開いた気がした。図星を突かれたには薄すぎる反応であったものの、セフから反論は出て来ない。実際、ラジエルは日々の家事や趣味に没頭している際、気付けばカウンターからぼんやりとセフに眺められている事が多々あった。特に興味を向けられているわけでもなく、見張られているわけでもなく、ただの風景として視界に入れられているだけに過ぎないと感じていたが、それは無関心とは明らかに異なるものだ。


「別に、なんとなくだよ」

「そう?……ふふっ」

「なにさ、なんとなくだって言ってるじゃない」

「いや、そうだよね。ごめんごめん」

「全く……」


だんだんとムキになりだすセフが可笑しくて溜まらず、ラジエルは込み上げる笑いを殺し切れなかった。流石にこれには怒りを覚えたようで、白髪の合間から覗くセフの耳がほんのりと赤くなっている。それを見てまた笑いそうになった所を、ラジエルは扉の音に救われた。


「ふぃー……、まぁこんなもんだろ」

「うう……眠くてたまらない……俺もう落ちてもいい〜……?」

「駄目だ。帰りまでもたせろ」

「ええ〜………」

「ご苦労様です、二人とも」


廊下からのっしのっしと現れた顔触れに、ラジエルがカウンターへ座るよう勧めた。お馴染みの黒いコートは脱いでいたが、頭からつま先にかけて埃まみれになっていたレヴィアタン達を見て、セフが息を呑み込む。


「どうでした?」

「ああ、どうにかこうにかだな。ただ大分あちこち傷んでるし、暫くはかかりそうだ」


どっかりと席に座ったレヴィアタンと入れ代わるように、セフがカウンターの中に入って来る。すると、空席になった所にナイトメアの巨体が崩れ落ち、カウンターに前のめった。


「もう駄目……お休み……」

「おい馬鹿っ、寝るなよ!これから俺達は帰るんだぞ!?」


ぐったりとした体をレヴィアタンが必死に揺する。だが、時は既に遅く、相棒の声はナイトメアの耳に届かなかった。


「勘弁しろよ……」


頭を抱えたレヴィアタンの隣で、ナイトメアは気持ち良さそうな寝息を立て始めた。こうなってしまえば、もう直ぐには起き上がれない。諦めるしかなかった。


「最悪だよ。奥の部屋は床をこいつに踏み抜かれて入れなくなるし、ゴミは舞うし」

「だったら二階にでも行ってろちびっ子!」

「君こそお風呂に入ってその体綺麗にしてきなよ。大体、君だって人の事言える程大きくないじゃない」

「お……っ!?」

「はいはいはい」


ラジエルが二人の間に割って入った。これ以上過熱した所で、ナイトメアは起きないし意味もない。一先ず、本人とて埃まみれのままは本意でないだろうと、ラジエルはレヴィアタンを風呂場に押し込めた。動けないナイトメアは運ぶのも苦労がいるため、敢えてそのままにしておく。だが、流石にこれでは可哀相なので二階へ毛布を取りに行くと、いつの間にかセフも後ろについて来ていた。
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