捧げ物

□11400hitキリ番
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「おいでーシラタキー…」

「なああああー」


今日も僕は早朝から九十九さんに叩き起こされ、四朗さんを相手に剣術の稽古に勤しんでいた。決められた手順を踏み、受けて流しての繰り返し。初めは軽く当たる程度だったのに、それに飽きた相手が段々と熱を入れて来たのがそもそもの発端だった。


「あ!」


弾かれた竹刀が勢いよく飛び、縁で昼寝をしていた奏吾さんの愛猫に襲い掛かる。幸い竹刀が猫に当たる事はなかったが、音に驚いた猫はその太ましい体つきからは想像も出来ない足の速さで颯爽と木の上に登ってしまい、以降恐怖で降りられなくなってしまったのだ。


「なああああーなああああー」

「ほら、大丈夫だから降りて来いってば」


手を伸ばしても上のシラタキには届く筈がなく、木は細すぎて人間が登る事は出来ない。必死に呼び掛けてはいるのだが、すっかり腰が抜けているシラタキはただ鳴くばかりで、自ら動こうとはしなかった。おまけにシラタキの肉が食い込んでいるために、可哀相な細枝は今にも重みにくじけそうになっている。枝が折れるのは時間の問題。猫だから大丈夫と言う事ではなく、落ちて万が一怪我でもしたら大変だ。


「くそっ、早くせねば奏吾に見つかってしまうぞ…」


…そう、これが大変だ。


「……っ」

「うわ、駄目ですって!」


一向に動かない事態に苛立った四朗さんが、怯える猫に対して石を投げた。もう一度恐怖を与える事でそこから飛び降りさせようとしたのだろう。しかし木に当たった石は枝を激しく揺らして、よりシラタキを強くしがみつかせてしまった。


「……?」

「"あれ?"でないわ!」


完全なる逆効果。首を傾げる様子が九十九さんの逆鱗に触れる。大きく揺れたせいで弧線に曲がった枝は亀裂が入り、危険を感じたシラタキはより上の方へと逃げてしまった。大きな失敗に肩を落とす。しかし鞭が駄目でも飴ならばどうか。


「八重助君、持って来たよー」

「あ、ありがとうお文ちゃん」


お文ちゃんの持って来たシラタキの玩具と、餌となる魚の切り身を使い、今度はそれでシラタキの関心を仰いでみる。食べる事が大好きなシラタキならば、この餌に釣られないわけがない。興味を持ってくれたのか、シラタキが顔をこちらに向けてくれた。


「よし、これなら…!」

「!…なあああー!」

「あ、あれ?」
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