山羊さん郵便

□拝啓、変わらぬ想い人様
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『拝啓、変わらぬ想い人様』





台所の敷居を越え、黒やぎが居間に戻って来た。もう築数十年は経過しているだろうこの一軒家。今時珍しい砂壁に囲まれた家の居間には、彼の相棒である白やぎのLと、家主である老年の男性がテーブルを挟んで座っていた。Lの隣に座ったDが容器の蓋を剥がすと、温かい湯気が食欲をそそる香りと共に部屋に広がる。その香りに満面の笑みを浮かべるDだったが、Lは逆に疲れを見せた。


「けどそんな世の中でメールなんか使わず、こうして手紙を書いてくれる酔狂なアナログ人間。僕このピラフよりも大好きだよ」

「うん?ははははは!そうかいそうかい、でぃー君も機械は苦手かい」


書き物から目を離し、老人は豪気と言える笑い声を飛ばした。Lが見つめ、Dが食事をしている中、老人は書き終えた手紙を用意していた封筒にしまう。やぎが受け持つ手紙に送り先の宛名や住所は必要ない。老人は封筒の口をしっかりと折ると、そのまま垂れ目のLへと手渡した。


「確かにお預かりしました」

「いつもすまないな、える君」

「いえ、これが俺達の仕事ですから。では行って来ます」


オレンジ色の鞄をしょい直し、Lは小さく頭を下げた。茶色い頭に藍色の帽子を被り直し、やぎは日焼けで色褪せた押し入れを幽霊の如くすり抜ける。まるでホラー映画のような消え方だったが、既に見慣れた老人にとっては何も驚く事はない。老人はテーブルに置いてあった缶コーヒーに一つ口を付けると、腰の辺りを探り始めた。


「僕アナログ人間は好きでも、煙草を吸う人は嫌いだなぁ」

「…そうかい」


ポケットの中で握り締められていた箱がぐしゃりと潰れる。仕方なく老人はまたコーヒーに手を伸ばしたものの、中身は今ので殆ど飲み干していた。


「…なぁでぃー君、前から少し聞きたかった事があるんだけどよ」


寂しい口を紛らわすように老人が喋る。どこか落ち込んでいるその様子に、Dは容器に付いた具を掻き集めながら聞いていた。


「何?」

「人が言う天国や地獄が本当にあるとは思っちゃいないが、死人の世界ってのはどんな所なんだ?やっぱ、何にもねぇ静寂の世界ってやつなのかね」

「それはどうかな。死後の世界は死んでからのお楽しみだよ。そんな焦らなくたって、君にも直に分かる時がくるさ」

「おいおい、どうせなら先人達に会う前に予習させてくれよ」

「だーめだめ。ご馳走様ー」

「あ、こら逃げる気か!」


空になった容器を残し、DはLの後を追うようにして消えていった。突然静かになった空間を、玄関から聞こえてきた物音が割り壊す。暫くして買物袋を下げた中年の女性が、廊下から台所へと顔を出した。


「お父さん、ただいま」

「………」
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