ことのせ
□九話
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八重助が鬼儡師と巡り会い、一つ目の季節が終わりを告げた。あれだけ力強く生を謳歌していた虫達は成りを潜め、人々がやがてくる冬の備えを始めた頃、それは突然現れた。
「どうなってんだ……こりゃあ……」
霧が深い早朝の事。今年は例年に稀を見る不漁に悩まされていた貧しい漁村に、大量の空船が打ち上げられた。それも、漁に出ていた仲間の船ではなく、全て対岸から出ている筈の渡し船だ。ここ最近霧の濃い日が続いているが、船が転覆する程波が荒れた事はない。しかも、船から消えたのは人間だけで、積み荷は何一つ乱れていなかった事から、漁村の漁師達は挙って首を捻っていた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。八重助さん、お文さん。お疲れ様でした」
「遅くなってしまってすみません。里の人達にどうしてもと引き止められてしまって」
「これ、皆でどうぞだそうです」
そう言って、鼻に泥を付けた八重助は、籠一杯にどっさりと詰め込まれた野菜を奏吾に見せた。鬼儡師と言っても、人は人。周りの人間との助け合いなしでは、ただ生きて行くのも苦労する。そこでこうした忙しい農繁期ともなれば、麓の里へ鬼儡師を派遣し、収穫作業に手を貸すのだ。今日は仕事の合間、暇をしている若者を二人行かせただけであったが、彼らの働きぶりは報酬を見れば一目瞭然であった。
「二人共疲れたでしょう。お風呂の準備は出来てますから、今日はもう休みなさい」
「ありがとうございます。でも、あの……四朗様は?」
少々詰まり気味に文が尋ねる。その口ぶりはまるで返事に凡の見当がついているようで、奏吾は彼女の予測通りに答えた。
「まだ終わりそうにありませんね。恐らく、今日も遅くまで続くでしょう」
「思ってたより大仕事みたいですね……」
八重助達が農作業に汗を流している一方、四朗と九十九を含む鬼儡師の面々は、近頃休む事も碌にせず、部屋に篭って連日討議に明け暮れていた。四朗とまともに顔を会わせたのは、いつが最後だったか……文が暗い顔で会合の場となっている部屋の様子を窺う。しかし、締め切られた部屋からは、時々漏れる九十九の声以外に中の様子を知る由もなく、彼女の心配は募るばかりだった。
「ここの所、鬼が原因と見られる怪異は増える一方ですからね。今話し合いが大事なのはわかりますが、休憩もなしに皆さんよくやりますよ」
「僕、この野菜で何か作って貰えるよう頼んできます。里の人達からだって言えば、少しは気も安らいで食事を取れるだろうし」
「それいいね。なら私も手伝うよ」
「では、早速今晩皆で頂きましょうか。折角のご厚意ですからね」
奏吾が腰を上げようとした時だった。何処からともなく鈴の音が鳴り、シラタキが姿を現した。散歩から帰ってきたのか、ボテボテと重い体を揺らし、ゆっくりと奏吾の膝によじ登る。そして大福のように丸まり収まると、目を閉じて動かなくなってしまった。
「おやおや。困りましたね」
「うーん……それにしても、本当に奏吾さんにはよく懐いてますよね。私には餌を持ってたって一度も抱かせてくれないのに」
ふにふにとしたシラタキの背を撫でながら、文が不満げに言った。だが、当のシラタキは岩のように微動だにせず、無関心を決め込んでいる。女同士だからか、シラタキは文に全く興味がないようだ。
「あ、いけないいけない。忘れる所でした」
突拍子もなく、しかしシラタキを驚かせる程ではない声を上げ、奏吾が二人を引き止めた。
「どうしたんですか?」
「明日貴方がたに来客が来ます。昼過ぎにはこちらへ着くそうなので、それまで屋敷にいて下さいね」
「私達に?」