燃え残ったページ
□Humpty Dumpty
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薄暗い部屋。揺れる暖炉の光。光は椅子に座る老婆の頬を照らし、痩せ細った指先を暖めていた。
「いつまでそんな所にいるのかしら?早く此方へいらっしゃいな」
扉の隙間から覗く白い足。その痩せた膝を抱え、冷たい廊下に腰を下ろす幼い子供がいた。老婆の優しげな声にも耳を貸さず、彼はただ闇に目を向ける。光を恐れる者に、それでも緋眼の老婆は語り続けた。
「じゃあ今から一つ、小さなお話をしてあげましょう。よく聞きたいなら入っていらっしゃい」
これは貴方が生まれるよりもずっと前、おばあちゃんだってまだ生まれていなかった位昔のお話。
誰も知らない、誰の手も届かない位高い高い所に、ハンプティ・ダンプティと言われるモノが住んでいました。
貴方好き嫌いはある?お菓子ばかりじゃなくて、ちゃんとお野菜も食べてるかしら?
ハンプティはね、皆が嫌がる物も残さず食べるし、お勉強も大好きなお利口さんなの。
けれど毎日皆の為に働いていたから、ハンプティはとても疲れてしまっていたわ。
寝ても食べても元気が出なくて、笑う事も無くなってしまったの。皆心配したけど、誰もハンプティの代わりにはなれないわ。だけどハンプティはもう限界。終には自分の住んでいた所から、真っ逆さまに落ちてしまった。
さぁ大変。ハンプティを助けてあげなくちゃ。でも何をしても駄目。皆で力を合わせて頑張ったけど、結局ハンプティを元に戻すことは出来なかったの。
「皆とっても悲しんだわ…王様も馬も兵隊も、皆ハンプティの事が大好きだったから」
「…それから?」
最後の記録<ページ>を捲り終えた老婆の前に、恐れを忘れた幼い子供が立っていた。見上げられた曇りなき好奇心に、老婆の微笑みが映る。
「……ハンプティの側には、ハンプティが最期に残した小さな欠片があったの。皆はその欠片をまた落としてしまわないように、大事に大事にすることにしました。これでおしまい」
「マザー!マザー・グースは居られますか!?」
ふと扉の向こうから、慌ただしげな足音が近付いて来た。やって来たのは長い前髪で右目を隠した白髪の男。老婆と同じく緋眼の左目を持つ若い男だった。
「失礼します。実は先日お話しした子供がいなくなってしまって……っているし!何で!?」
見える片目を大きく見開き、男は椅子の影に隠れた小さな影を捕らえた。
「ウフフ、私達は求める者の前に現れる物よ。そうでしょう?セファー」
「も〜急にいなくなるから心配したよ」
「手を焼いているようね。なんなら私が引き取りましょうか?」
「や、それは断固として。駄目です。絶対」
「あらあら、ふふ…」
突然現れた来客に、狭い部屋で交わされる楽しげな談笑。居心地の悪さを感じた子供はそこに交じわるような事はせず、そっとドアノブに手を伸ばした。
「…待って。まだ貴方のお名前聞いてなかったわ。おばあちゃんに教えてくれないかしら?」
「………」
薄暗い部屋。揺れる暖炉の光。光は佇む少年の頬を照らし、痩せ細った手を緋眼の老婆が包み込んだ。
「お名前は?」
「……ラジエル」
「そう、ラジエル…いいお名前ね。じゃあラジエル、最後に貴方になぞなぞを出します。答えられたらいい物をあげましょう」
「ハンプティ・ダンプティとは誰かしら?」