燃え残ったページ

親指姫
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眼前に広がるは、一つの町を囲む広大な花畑。右に冬の花が咲いていると思えば、左には春のアネモネ。花の色も形も何もかもが統一されていないその場所に、一人の旅人が立ち寄った。



真昼だと言うのに人通りの無い寂しい町並み。年若い旅人は長旅の疲れを癒す為、町の宿を訪ねていた。



『……誰もいないのか?』



宿に宿主の姿は無い。暫く軒先で宿主を待っていたが、一向に帰ってくる様子は見られなかった。粗方町を見てきたが、ここ以外に宿など無い。



『さて、どうしたものか…』



困り果てた旅人の耳に、少女の歌声が聞こえてきた。どこか懐かしいような、悲しい歌声。どうやら宿の裏かららしい。年若い旅人はその声を辿って裏側へ回った。








宿の後ろはあの花畑へと繋がっていた。四季織々な花の中に、その歌声の持ち主である少女がいた。

そこにいたのは大変小柄ではあるが、とても美しい少女。その目、その唇、その頬は全て花に例えられる程美しかった。しかしそれでいて数咲き乱れる花の中にいても、決して劣りはしない。年若い旅人は、一目で彼女に引き込まれてしまった。









『町の人達は皆病で死んでしまったの』



旅人を宿の一室に通し、少女は町の事を話した。ある理由で汚染された水を飲んだ事による感染病。かかった者は数日で死に至り、助かった者達は少女を捨てて町から逃げ出したと言う。


旅人はこのままでは危ないと、少女に町から連れ出す事を申し出た。しかし少女はそれをかたくなに拒む。もう手遅れだ、と。


自分が生まれ育った町。旅人とそう年が変わらない少女は、最後の生き残りとしてこの町で果てる覚悟を決めていた。



『そうか…』



ならば責めてと、旅人は少女の最期を看取るまで共にいることを約束した。



年若い旅人が町に滞在して二日目。少女の最期を看取る時がやって来た。少女の頼みで、旅人は花畑へと彼女を連れて行った。



『彼処…彼処まで連れてって……』



彼処に両親が眠っている。旅人はふらつく少女を支えながら、花畑の中を進んで行った。



ぐにゅ…ぐにゅ…。



足に伝わる妙な感触。ここ数日雨など降っていないのに、ここの土は変にぬかるんだ感触をしていた。ゴミだろうか、隙間から布のような物が見える。



『お父…さん…お母、さん……』



花畑の真ん中で少女は旅人から離れ、その場にしゃがみ込んだ。そこは目印も何もない場所。少女でなければ、ここに人が眠っているなんて分からないだろう。彼女はそこに静かに涙を落とした。



『今……私も……』



花畑に歌が流れ出した。それは旅人と出会った時にも歌っていた、名も知れぬ旋律。これが少女の最期と、旅人は耳を澄ませてその声を聞いていた。














歌が終わり、花が咲いた。



小さくて愛らしい少女の体から色様々な花が咲き、少女はゆっくりと花畑に倒れた。倒れた少女の体は花畑に紛れ、その姿は旅人の視界から消えた。



『………』



年若い旅人は自分を囲む辺り一面を見回した。ぐにぐにとした柔らかい土の感触。眼下にあるは無数の花。花。花。その垣根にある、泥のような土。



『―――っ』



年若い旅人は堪えきれず、その場から逃げ出した。しかしぬかるみに足を取られ、思ったように走れない。足を滑らせ、旅人は転倒してしまった。体を起こし、口に入ってしまった土を必死に吐き出す。旅人は少女を一度も振り返る事なく、町を出ていった。




その身に種を宿したとも知らず、彼もまた別の町で花を咲かせる。




種は巡り、町から町へ。




そして世界は花で満たされる。

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