山羊さん郵便
□拝啓、恋人様
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俺に普通の暮らしが戻って数ヵ月。亡くなった彼女と過ごした部屋を出て、俺は新しい部屋で新しい恋人と幸せに暮らしていた。
だが、最近その彼女の様子がどうもおかしい。酷く疲れているような気がするのだが、訊ねても彼女は何も言わなかった。
ある日。俺が外出先から帰ると部屋の明かりが点いていなかった。出掛けているのだろうか?そう思って電気を点けると、目の前にぼうっと佇む彼女が現れて驚いた。
「何だ…いるんじゃな――」
「貴方のせいよ…もう嫌、もう我慢出来ない!私は、何で私がこんなめに!!」
彼女は泣いていた。泣きながら怒っていた。おかしい、脇腹の辺りが濡れている。急に力が抜けて床に膝をつくと、彼女は真っ赤に染まった包丁を投げ捨て、そのまま部屋を出ていった。
「………っ」
何故、どうして彼女が自分を…?
助けを求めようとしたが最早立つことも出来ず、俺の体は派手に倒れてしまった。これでは携帯を取ることさえ叶わない。だがそこでテーブルの下にあったピンクの鞄が目に入った。
「…!」
彼女の鞄だ。俺は必死に床を這い、鞄に手を伸ばした。何とか指を引っ掛け此方へと引き寄せる。電話がないかと血塗れの手で鞄をひっくり返した。
「………」
飛び出した鞄の中身に、彼女の携帯があった。他にも財布、化粧品、鍵やハンカチ等、ここ最近見慣れていた彼女の私物が雪崩れてきた。しかし、その中に異様に存在感を放つ物が一つ。それは俺の目の前へ滑り込むように現れた。
「これ…は……」
視界が霞む。感覚が無くなっていく。目の前が真っ暗になっていく。
これは…彼女の……
「彼女への手紙、ちゃんと届けてきたよ。けど本当にもういいの?」
仕事の早いやぎが先程頼んだ用をもう済ませて、また此方側へと戻ってきた。
『ええ、もうあの子にも手紙は書かないわ。彼が死んでしまえばこっちでいくらでも会えるんだもの』
「では俺達はこれで失礼します。一年間ものご利用、ありがとうございました」
礼儀正しく帽子を取り、白やぎは頭を下げた。黒やぎがバイバイと手を振ると、二人の体は薄れ始め、やがて死人の世界から消えていった。
『………』
何も無い所で一人きり。耳を澄ませても何も聞こえない静かな所。でも、私は寂しくない。
『ああ…早く死なないかしら?』