山羊さん郵便

□拝啓、恋人様
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「お久しぶりです。彼からのお手紙を配達に来ました」

『!……本、当?』


返事が来なくなってからどれくらい経ったのだろうか。一日一通と決められた手紙以外は何も無い死後の世界では、時の感覚と言うものが殆どない。ただ私が出した手紙の数を数えると、相当の日数は経過していただろう。鞄から取り出された白い封筒を見て、思わず涙が出そうになった。


『本当に久しぶり…もう返事が来ることなんてないと思っていたのに…』


封筒はのり付けされていなかった。中にあったのは一枚の用紙だけ。それはきちんと真ん中で折られてなく、端が合わさっていなかった。几帳面な彼には合わない雑な仕事だ。何だか嫌な予感がした。


「では、また後ほど」

『待って。待って…』


文面の字は確かに彼のものだった。だけどそれは些か急いているように見えた。手紙に書かれた内容は、やはりこの関係の終わりを願うものだった。


『…彼、新しい人が出来たみたい。その人と一緒に生きていくから、見守って欲しいって…』

「そうですか」

「それでどうする?返事は書くの?」


素っ気ない白やぎの声に被さり、明るい口調の黒やぎが何処からともなく現れた。


『彼が止めようって言ってるんだもの。もう手紙なんて出せないわ』


そもそも返事がこない所で、いづれこうなる事は悟っていた。私は既に死んでしまっているけど、彼は生きているし未来がある。何時までもこうして私が縛っていてはいけない。


「手紙を出すのは差出人の自由。それを読む、読まないのは受取人の自由。君が出したければ別に続けてもいいんだよ?」

『でも…』

「別に俺達には書くことを強要する権利はありません。あるのは手紙を届けると言う絶対的な義務だけ」


私が持っていた白い封筒が黒く変色し始めた。手に触れていた部分から白は徐々に侵蝕され、終には全体を埋め尽くされた。


「どうしますか?」
「どうするぅ?」


しわも折り目も無くなり、真新しく生まれ変わった便箋。これをどうするか決めるのは、私。


『私は…もう彼には手紙を出さない』
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