金色のムトンと真っ赤なルブト

□第三話
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「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

「ドルアーガ落ち着いて。いきなりあんな事言われたら誰だって断るよ。君にも悪いことをしたね」

「いいえ、元々加賀君はああいう人ですから平気です」

「……そう?」


さぞ落ち込んだだろうと少女を気に掛けたシープだったが、彼女は以外にもそれを否定するような笑顔を作り、二人に見せた。思っていたものよりも強い心の持ち主だった少女に、ドルアーガはほっとしたため息をつく。だがそれとは対照的に、シープはこの少女の笑顔に、今一釈然としていないようだった。


「次こそは絶対にうまくいかせてみせますわ。残りの方々が現れそうな場所はわかりますの?」

「んー…場所はわからないんですけど、カイウスと言う勇者様がいてですね…」

「勇者って…また突飛な方がいたものですわね」


シープの疑問など微塵も気付いていない少女らは、早速次の相手を探しにピアノのある部屋を出て行った。騒がしい声が遠ざかる中、一人残ったシープは少女らの後を直ぐには追わず、誰もいなくなったピアノの前に歩み寄る。そして腰を屈めて目線を低くすると、彼は何かを探し始めた。


「どこかに変わったものは……ない、か」


鍵盤、椅子を見てピアノの下にも潜って覗いてみたものの、得に気になる所は見当たらない。少女の夢で構築された、シープの館と見た目が一致するこの世界。どうやら奇妙なのは人物達だけで、建物自体にはあまり意味がないらしい。今度は頭をぶつけないよう慎重に下から出て来たシープは、ピアノに映り込む自分の姿と睨み合いながら、内に抱いた蟠りに腕を組んで考え始めた。


「やっぱり手掛かりを得るには彼等に当たるしかないか…でも、この手応えのなさは一体……」

「兄様、なにをしていますの?新しい作戦を練りましたわ」

「ん?ああ、今行くよ」


一人考え込んでいたシープに、ドルアーガが扉の奥からひょっこりと姿を現した。彼女の言った新しい作戦と言う言葉に若干の不安を抱きながらも、シープもその場を後にする。しかし彼は廊下に出た途端、ドルアーガの無茶な作戦内容を知り、唖然とするのだった。






「打ち合わせは以上ですわ。兄様、本番よろしいですわね?」

「いや、よろしいかと言われても困ると言うか……ええー……?」


以前抵抗のあるシープが、困惑を浮かべながらも手渡された花瓶を覗き込む。しかし、ドルアーガも少女も至って真剣なようで、主は一人劣勢な状況に肩を落とすしかなかった。自分がやりたくないと主張しても、きっとドルアーガは一度取ったメガホンを簡単に下ろしてはくれないだろう。諦めたシープが花瓶を片手に振り上げると、ドルアーガが待ってましたと合図を送った。


「せー…のっ!」

「き、きゃー!誰かー!」

「か弱い乙女達がー、かっこよくて素敵な男性に襲われていますわよー!」


廊下に倒れた二人の少女の悲鳴が、これでもかと響き渡る。仮にも勇者とうたっているなら、どこにいても女子の危機には駆け付けてくれる筈。そこで現れた勇者にシープがやられた振りをし、少女と勇者が急激に接近する…これがドルアーガの閃いた作戦だった。


「覚悟しろ!…ってぇドルアーガ、やっぱりその台詞おかしくない?暴漢を褒めてどうするの」

「だって、いくらお芝居と言えど、兄様を罵倒するなんて出来ませんわ」

「じゃあドルアーガがこっちをやればいいじゃない。力も君の方があるし。僕はどこかに隠れてるとかでさ」

「それでは勇者も本気に……!?兄様、来ましたわ!」


勇者の姿を見つけたドルアーガが、顔を強張らせながらシープの背後に向かって指を差した。だんだんとこちらに迫ってくる甲冑の音に嫌な予感が走り、シープが後ろを振り返る。少女が作った勇者なのだから、二人はてっきり今時流行りの軽装なイケメン勇者が出て来るものだと思っていた。しかしそれは大きな間違いであったことを、今身をもって知る事になる。


「そこの前髪が鬱陶しい悪漢め!光の勇者、カイウスが今成敗してくれる!」

「めぇええ!?なんかご立派なの来たぁ!?」

「シープさん、危ない!」


青銀の甲冑をものともせず、長いマントを翻して廊下を駆け抜ける正統派の勇者が、悪役のシープに鋭い剣を振り上げた。


「うわっ!?」

「何っ!?」
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