金色のムトンと真っ赤なルブト

□第三話
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びしっとメイドから指を差され、少女が体を強張らせる。その後ろで、ああ…確かに。とシープが手の平を打ったのを、彼女達は知るよしもない。ドルアーガの吊り目と真っ直ぐ目を合わせられない少女は、困ったように俯いてしまった。


「だって……怖いし」

「怖い?何を怖がる必要があって?ここは貴女がヒロインの貴女の世界なんですわよ?」

「それはわかってるんです。あの人達は私が夢で生み出したキャラクターなんだから、私を傷付けるような事はしない。だけど、それでもやっぱり…」


そこまで言っておきながら先を口にすることが恐ろしいのか、俯いた少女はスカートの裾を握りしめ、固く口を結んでしまった。煮え切らない少女に食ってかかろうとしたドルアーガを、シープが制す。シープは少女へ近付き過ぎない程度に距離を詰めると、なるべく優しい口調で少女を諭した。


「そう焦らなくてもいいさ。先ずはゆっくり話しをする所から始めよう。まだこの世界には3人の男性がいるんだろう?」

「はい……」

「5人全員に会って、その中で一番親しみが湧く人を探せばいい。もしかしたら、その彼が君の本質を見抜く鍵になるのかもしれないし。ね、ちょこっとだけ頑張ってみようよ」


しゃがんだシープが浮かない少女の顔を覗き込み、にっと口端を上に引っ張る。相変わらずの緩い喋りと態度だが、そのお陰で張り詰めていた心の焦りが解けたのか、いつの間にか少女の頬の筋肉も自然と柔らかいものになっていた。


「…はい。私、頑張ってみます!」

「よし、じゃあ他のキャラクターを探してみよう。彼等の設定が、それぞれの現れる場所のヒントになってたりしない?」

「それは確かに有り得ますわね。痛いパティシエ志望がこの厨房にいたんですもの」

「言われてみれば…私、今まで気づきませんでした」

「じゃあ他に会える場所がわかりそうな人は?」

「そうですね…」


うーんと唸りながら腕を組んで考え込む少女を、二人は期待の眼差しで見守る。こちらにキャラクター達の手掛かりが少ない以上、夢主である少女だけが頼りの綱だ。


「一人、音楽が趣味でいつもピアノを弾いている加賀君って子がいます。彼ならもしかして…」

「ピアノか…。よし、行ってみよう」


唸る少女から、期待以上の言葉が出た。シープらが住むこの広い館の中で、ピアノがある部屋は一つしかない。わかりやすいヒントを得、シープらは厨房を後にした。






「ピアノの音が聞こえますわ」


廊下を通り過ぎていく途中、三人の耳にピアノが奏でる美しい音色が微かに届いた。音の出所はまさに今向かっている部屋。自然と早足になっていたシープ達は、一際大きく音色が漏れている白い扉にたどり着き、静かに開けた。


「……誰?」

「!」


シープらの僅かな気配を感じたのか、ピアノの前にいた奏者はパッと顔を扉の方に向け、演奏を止めてしまった。彼が加賀と呼ばれた人物なのだろうか。加賀らしき人物は最初の二人と比べると随分歳が若いように見えたが、その涼しい顔には既に大人びた雰囲気があり、無表情な所は少しルーチェと似ていた。


「何?僕に何か用?」

「演奏の邪魔しちゃってごめん。君、加賀君だよね?」

「そうだけど…」


ぞろぞろと部屋に入ってきたシープ達に、加賀が少し警戒するように椅子から立ち上がる。これでは“何か用?”と聞かれても、“ただ話がしたいだけ”なんて説明だけではまともに取り合ってもらえなさそうだ。口吃るシープから代わりを買って出たドルアーガが、少女をどんっと前に突き付けた。


「貴方にお願いがありますわ。貴方、今日からこの娘と付き合いなさい!」

「えええ!?」


全く打ち合わせがなかった台詞に、少女が目を見開いて困惑する。余りにも突然な事で、少女の顔は面白いくらいに真っ赤く染まり、ゆでたこのような状態になっていた。しかしあくまでも冷静な加賀は眉一つ動かさず、交際を申し出たドルアーガ達に温度の低い眼差しを当てる。


「悪いけど、そういうのには興味がないんだ」

「なっ…!?」


結果は加賀が言うまでもなく、既に場の空気からも伝わってきていた。加賀少年はバッサリ切り捨てると、鞄を持って少女の横を素通りし、部屋を出ていってしまう。成功するとでも思っていたのか、少女を突き出したドルアーガは驚きの表情で加賀の去った扉を見つめていた。
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