金色のムトンと真っ赤なルブト
□第三話
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廊下を歩き回るだけだった頃と一転、誰もいない厨房へと移動した三人は、男性キャラクターをおびき出す為の作戦を企てた。
「あーん、この届きそうで届かないジャムを取りたいのに、踏み台を使っても取れませんわー」
一人踏み台に上り、棚にある物を取り出そうとしているドルアーガ。シープとヒロインの少女はと言うと、それぞれ別の場所に身を潜め、ドルアーガの事を見守っている。空しい一人芝居に段々恥ずかしくなってきたのか、赤面するドルアーガがシープの隠れる調理台の下を振り返った。
「兄様っ、本当にこれで相手はきますの?」
「絶対にとは言わないけど……多分、うん。女の子に手を貸したくなる状況になれば、男の子だって出てくれるよ」
「ドルアーガさん、頑張って下さい!」
「貴女がやればいいものを…。でも、これも兄様のためですわ。ふんっ!」
ドルアーガが目一杯腕を伸ばす。触れそうで触れない指先は小刻みに震え、口先の芝居はともかく、動作は本当に危なっかしい女の子に見えた。後はこれで5人の内の誰か来てくれればいいのだが…シープがそうほんの少し目を背けた時だった。
「あっ……!」
「ドルアーガさん!?」
踏み台のバランスが崩れ、ドルアーガの髪が大きく波打つ。青くなった少女の悲鳴でシープが異変に気付いた時には、既に地面と水平になった彼女の体が、なんの支えもなく衝撃を受けようとしている所だった。
「ド―――」
「危ねぇ!」
「!!」
地面にぶつかる瞬間、ドルアーガは思わず目を強く閉じた。しかしその直後に感じたのは、打ち付けられる痛みではなく、優しく身を包む温もりだけ。これはもしやと思いドルアーガが期待を込めて目を開けると、そこには清潔感のある黒い短髪に精悍な顔立ちを持つ、制服姿の好青年がいた。
「…兄様じゃない!嫌ぁあ変態っ!」
「いてててて!」
相手がシープでないと分かるや否や、ドルアーガは抱えられた体を夢中で動かし、青年の腕から飛びのいた。まさかの反撃で瞼をしばたかせる青年を置き去り、ドルアーガは真っ先にシープの身を潜める調理台の下へと駆け込む。その直後にシープが頭をぶつけた反動で飛び跳ねる調理器具を、青年は呆れた目で見ていた。
「あのさぁ、助けてやったんだから礼くらい言わない?普通。逃げるってかなり失礼だし」
「んまーあ!?人のお尻を触っておいてよくもそんな事が言えますわね!?このド変態が!」
調理台の上からぴょこっと顔を出し、涙目で怒るドルアーガが青年に向かって非難する。言い終えたらまた中に引っ込む姿が面白かったのか、青年は自然と出てしまった笑いを手元で隠し、ドルアーガの怒りを更に買った。
「最低ですわ!最っ低っですわ!」
「それはどうも。次から台に上がる時は、精々ケツ痛めないように気をつけろよ」
「きぃいいい!」
一人で騒ぐドルアーガを尻目に、厨房を出ていこうとする制服姿の青年。その後ろ姿に咄嗟に掴んだボールを投げつけたドルアーガだったが、一足遅かった不意打ちは閉められた扉に跳ね返されてしまった。
「なんなんですのあの男!もう、信じられませんわ!」
「彼が西屋君ですよ。ほら、パティシエ目指してる」
悔しがるドルアーガに、一連の流れを外野から見ていた少女が説明する。青年が去ったことで自由が利いたシープも、頭を摩りながら調理台から這い出てきた。
「じゃあ彼もゲームキャラクターの一人ってわけか。なかなか癖のある人達みたいだね」
「あんな男、こっちから願い下げですわ!と言うか、なんでおびき出す役が私なんですの!?ヒロインは貴女でしょうに!」