金色のムトンと真っ赤なルブト

□第三話
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「失礼します」

「……!」


一番後ろで控えていた少女が、開け放たれた内部の光景に息を飲む。昼間だと言うのに日光を遮断された薄暗い部屋。しかしぼんやりと見えるシルエットのお陰で、部屋の大体の様子は窺い知る事が出来た。破れたカーテンが引かれ、差し込んだ光りで細かい埃の帯が照らし出される。その中に、メイド達にとっては久方振りに顔を見せる館の主がいた。


「おはよう、皆」

「おはようございます、シープ兄様」

『おーはよー!』

「兄様…!もう起き上がって大丈夫なんですの?」

「うん。今朝になって漸く前の夢主の感情が抜けてくれたみたいでね。まだ少し不安定な所もあるけど、もう平気だよ」


シープが全てのカーテンと窓を開け、部屋の全貌がはっきりと明るみになった。切り裂かれた寝具で羽塗れなベッドに、棚をひっくり返されたかのような床の散らかり具合。壁紙に染み込んだソースの真下には割れた食器と、いつかの食事だったもの。おまけに電球まで壊されていて、部屋は安易に足を踏み込むには危険過ぎる状態になっていた。客人である少女が呆然とする中、部屋の様子を一通り眺めたルーチェが、これは掃除のしがいがありそうだと素直に皮肉る。流石にこれにはシープも、笑ってごまかす事しか出来なかった。


「ちょっと顔を洗ってくるよ。ルー、お客さんは別室に案内してあげて」

「畏まりました」


先に部屋を出たルーチェに続き、オネットも少女も足元に気を払いながら退室する。ならばとドルアーガがシープの手伝いを申し出たが、それは本人によって丁重に断られた。


それから数十分後。身なりを整えたシープが再び姿を見せたのは、別室にて控える少女に振り子時計が時報を知らせた時だった。時計の音と同時に入ってきたシープは椅子に掛けていた少女を見つけ、和らげな笑みを浮かべる。


「お待たせ。折角ここまで来てくれたのに、待たせてちゃってごめんね」

「い…!いえ、こちらこそ急にお邪魔してしまってすみません」

「そんなに固くならなくても大丈夫だよ。ここには煩い人もいないから。ルーチェ達から、此処について何か聞いた?」

「はい……」


緩い態度で接客するシープの後ろで、軽い音が扉を開けた。お茶の用意をしてきたドルアーガが、カートを押して部屋にまた戻って来たのだ。まさかいるとは思っていなかったシープとの遭遇に、ドルアーガが驚きの表情を見せる。


「兄様、戻っていらしたのですか。いやだ私ったら、まだ兄様は戻られないと思って、うっかりお茶の準備をしてしまいましたわ」

「いや、丁度いい。お茶は彼女の話を聞きながら頂こう。ドルアーガも一緒にどうだい?」

「はい、それはもう喜んで!」

「さぁ、君も座って。先ずは落ち着いて話をしよう」


立ち上がったまま動かない少女に、シープが座るよう椅子を引く。しかし少女は頑なに近寄ろうとせず、複雑な眼差しでシープと椅子を交互に見比べていた。


「どうかした?」

「あの……」

「うん?」

「ごめんなさい…。私、男の人って苦手で…」


いつまでも座ろうとせず口をまごつかせていた少女が、漸くその訳を話した。どうやら今まで妙にびくびくしていた態度は、シープに対しての緊張ではなく、恐怖によるものだったらしい。そうとは知らずに接していたシープは、手を掛けていた椅子から身を引き、少し離れた壁側の席へと腰を下ろした。


「これは失礼、配慮が足りなかったね」
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