金色のムトンと真っ赤なルブト

□第三話
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ドルアーガが胸元のリボンを解き、ゆっくりとマルコに近づいていく。一見可愛らしいアイテムであるそれが、今のマルコには罪人を縛り付けるお縄にしか見えなかった。


『お助け!』

「逃がすものですかっ!」

『キャゥウン!?』


あまりの恐怖に逃亡を計ったマルコ。しかしその逃走劇は呆気なくも幕を下ろし、見事にふん縛られてしまった。ギャアギャアと騒ぎ立てる子犬の様子を、オネットが気の毒そうに見つめる。助けに入るべきか、だがまたドルアーガに睨まれるのも怖い。オネットがどうしようかとウロウロしていると、彼女のポケットから丸められた綺麗な赤い包み紙がコロンと落ち、マルコの目の前に転がってきた。


「これは……?」

『うわーん、わーん!……ん?あれ、この紙…さっきルーチェさんがくれたお菓子の空と同じだ…』

「え?」


マルコが何気なく言った言葉に、意表を突かれたドルアーガとオネットがルーチェを振り返る。しかし当のルーチェはと言うと、何か?とでも言いたげな顔で優雅に紅茶を口にするだけで、しれっとした態度で咳ばらいをした。


「たかがお菓子の一つや二つ、食べられたくらいでなんです」

「ルーチェ姉様…」


力が抜け、言葉が続かないドルアーガの手からマルコが這い出る。これ以上ここに居座ったら、また別の容疑をかけられるかもしれない。マルコは三人の側から離れると、シープに会いに部屋を抜け出した時だった。


「きゃあ!?」

『わあ!』


焦って廊下に出たせいか、前方の注意を怠った子犬は危うく何かにぶつかりそうになった。子犬の道を塞いでいた障害物、白いワンピースの少女が上げた悲鳴を聞き付け、部屋にいた三姉妹がぞろぞろと廊下に集まってくる。突然の事に困惑しているのか、見知らぬ少女はメイド達の姿を見ると、カクッと綺麗な90度を作って頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!勝手に入ってきたりしちゃって…。私…その、なんて言うか…本当にごめんなさい!今すぐ出て行きますから!」

「お待ちなさい、大丈夫ですからどうか落ち着いて。貴女、もしや道に迷われたのでは?」


酷く混乱した様子で立ち去ろうとする少女を、ルーチェが持ち前の冷静さで引き止める。するとルーチェの言葉が以外だったのか、漸く目を合わせた少女が、不思議なものを見るようにして深意を尋ねた。


「どうしてそれを…?」

「主の館に来るお客様は皆さんそうなのです。貴女もあの森でさ迷い歩いて、果てにこの場所を見つけたのでしょう?」

「は、はい!そうなんです!玄関で声をかけたんですが、いくら待っても返事がなかったもので…」


他に行く当てもなく、門や扉には鍵が掛かっていなかった。それでつい中に入ってきてしまったのだと、少女は怯えながらも説明する。彼女もまた、あの森に誘われてしまったのだ。なんの前触れもなく、唐突に。自分が人間ではないという事も忘れて。


「詳しい事情をお聞きする前に、まずは主の元へ参りましょう。主が貴女の助けになります」

「この館のご主人…って、やっぱり男の方…ですよね?」

『そだよー?シープ様はね、今は怒りん坊だけど、本当のシープ様はとっても優しい人なんだぁ』


いまいち要領を得ないマルコの説明に、それじゃあ訳を知らない初対面の客にはわかり難いだろうと、ドルアーガが心中で突っ込む。しかし少女は乾いた愛想笑いを浮かべるだけで、マルコの発言には深く耳を貸していないようだった。その様子を不思議に思いつつも、ルーチェ達は少女を主のいる部屋へと案内する。長い長い廊下を歩いている間も、少女はどこか落ち着かない様子で、オネットは首を傾げていた。


「シープ様、お客様がお見えになられましたが…お部屋にお通ししてもよろしいでしょうか?」


シープの自室のドアをノックしたルーチェが、珍しくドア越しで主の返事が来るのを待った。その行動が主に気をつかった訳ではなく、自分達の身を案じた故の行動だった事を、少女は知らない。暫く無音が続いた部屋の内部から、やがて篭った返事が返ったのを聞き取り、ルーチェがドアノブを回した。
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