BLACK作
□本の心。本の音。
1ページ/2ページ
「手袋買いに」を知らない方は、先に読まれたほうが本編を楽しんでいただけます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/637_13341.html
時は卯月、二十三日。
ナルトはほぼ傷痕の癒えた木の葉の里を眼下に、火影岩の上で一冊の本とにらめっこをしていた。
ナルト「…偶然…だよな?」
サスケ「何がだ?」
ナルト「ぅわっ!?」
一切気配を感じていなかったナルトは、突然掛けられた声に驚いてリアルに飛び上がった。
ナルト「っと。」
崖から落ちる事は免れたものの、パサッという音と共に本が砂埃を纏う。
ナルト「あーっ!」
急いで拾い砂を払う。
乾燥した砂は幸い致命的な汚れは残さなかった。
サスケ「お前が本とは珍しいな。」
顎はやや上を向いたまま目はしっかりと本を見据える。
ナルト「これってば、さっき貰ったんだけど…あっ」
掬い上げる様に本を掠め盗り表裏を確認する。
サスケ「子供向けの本…?誰から貰った?」
サスケの声が半音下がる時は、本人が否定する嫉妬の兆候だ。
答えてはイケない名前の順は、カカシ、サイ、サクラである。
ナルト「名前はわかんねーけど、今朝家を出たら子供がいてさ、突然俺にそれをくれたんだ。」
サスケ「…は?」
もっとマシな嘘を付け、と言わんばかりにナルトの顔を見る。
ナルト「いや、本当だって。なんかアカデミーの生徒みたいでさ、イルカ先生が言うには、今日は大切な人に本をあげる日なんだってさ。」
サスケ「大切な人?」
ナルト「まぁ、なんつーの?自分で言うのも照れるけど、里を守ってくれてありがとうってさ。」
サスケ「…。」
ナルトは何の気無しに言うが、“壊した側”のサスケには中々のダメージだ。
ナルト「ただ、なんつーか…その本?題材がスゲーっつーか、とんでもねーっつーか…。」
『手袋を買いに』と書かれた薄い児童書の表紙には、何の因果か狐の親子の絵が描かれている。
ナルト「その子の宝物だって言うから、いらねーって断るのも可哀想だし…。」
サスケ「もう読んだのか?」
ナルト「…ざっと。」
物悲しげな表情で答えるナルトに、サスケは立ったまま表紙を捲る。
その内容は割愛するが、物語には人間を怖れる母狐とまだ物を知らぬ子狐が登場し、最後には人間はそこまで恐ろしい存在では無いと締めくくられる。
サスケ「…これを子供が?」
ナルト「あぁ。」
サスケ「本気か…?」
本気でそう思っているのか?
偶然だと思っているのか?
誰かの手回しじゃないのか?
これだって遠回しな嫌がらせじゃないのか?
サスケの含み全てを受け止めてナルトは答える。
ナルト「俺はその子供を信じるってばよ。」
人が好きと書いてお人好し。
思えばナルトは、誰かに嫌われても誰かを嫌いでは無かった。
ナルト「だって、ありがとうって言って貰ったしな。」
サスケ「…ならいい。」
ナルトと居るとサスケはたまに、過度に自分の小ささを実感する。
意識すればする程に。
ナルト「ありがとな。」
サスケ「…?」
ナルト「心配してくれて。」
これがまた効く。
自分の小ささの次に思い知るのは、ナルトの大きさだ。
断言する、ナルトは馬鹿だが器だけは大きい。
サスケ「しかし、そんな日があるなんて初耳だが。」
まだ僅かに残る砂を払いながら、サスケは本をナルトに返す。
ナルト「ん。まぁイルカ先生の事だから、行商人から聴いたとか、他国に任務に行った同僚に聴いたとか、そんな知識をアカデミーで披露してんじゃねぇの?」
ニシシと笑うナルトの顔に、先程までの陰は無い。
サスケ「本人には聞かせられないな。」
ナルト「へへっ、サスケの事も信じてるってばよ!」
ナルトはサスケの肩を軽く本で叩きながら里へ向かって歩き出す。
サスケ「ナルト。」
数歩分の距離が離れたところで、何かを思い付いた様にサスケが声を出す。
サスケ「本屋に寄って行かないか?」
ナルト「本屋?」
サスケ「好きな本を一冊プレゼントしてやる。」
振り向きながらも立ち止まらないナルトを追う様に、サスケもまた歩き出す。
ナルト「え〜っ、別にいいってばよ。俺ってばそもそも字読むのとか苦手だし。
」
袖にされてカチンとはきたが、よくよく考えれば当然の展開だ。
サスケ「せっかくの日だが、そもそもお前向きじゃ無いか。」
ナルト「ん〜。そう言われるとなんだか勿体無い気分になるってばよ。」
サスケ「別に写真集や料理本でもいいぞ。」
ナルトに追い付き肩を並べて歩く。
ナルト「いや、別に本が嫌いって訳じゃねーってばよ?ただ、字を見てると眠くなるっていうか、あれってば新手の幻術なんじゃねーかって感じでさ。」
サスケ「集中力が足りねぇだけだ。」
ナルト「あっ!じゃあさ!」
俺ってば天才、と言わんばかりに人差し指を立て、必要以上に目をキラキラさせるナルト。
サスケ「なんだ…?」
と訊かざるを得ない。
ナルト「サスケが読んで。」
と言って本を渡される。
サスケ「さっき読んだんだが?」
ナルト「そうじゃなくって、サスケが読んで俺に聴かせて欲しいってばよ。」
サスケ「感想をか?」
ナルト「だからそうじゃなくって…。」
この行、サスケはナルトの意図を理解した上でからかっていたのだが、ナルトの必死の説明は10分近く続いた。
ナルト「だから、まずはこの本からだってばよ。」
サスケ「別にいいが…。」
自分で読んでいる内に寝るのと、サスケが読んで寝かし就けるのと、何が違うのかと思いながらも、ナルトがそれを望むならばと受諾する。
ナルト「いやー、これは貴重な初体験だってばよ。」
意気揚々と家路に着くナルトを横目に、サスケもつい釣られて笑顔になる。
無意識に発せられた初体験という言葉に、ナルトが溜まらなく愛しくなる。
思えば自分は、母にも兄にも読み聞かせをしてもらったものだ。
サスケ「俺で良いのか?」
確認するように言うと。
ナルト「声が好きー。」
と小声で言って走って逃げた。