小噺・弐

□10月4日詰め
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(前ページのお話の経緯というか所以というか)

***

初等部高学年の家庭科授業で調理実習を行った時、クラスのある男子生徒が包丁を持っている別の男子生徒をふざけて後ろから突き飛ばした

突き飛ばされた時に包丁が当たり、小さなシンク一面が真っ赤に染まる程盛大に右手を切った男子生徒は、驚きの余り怒ることも泣くこともなく、ただただ驚いてじっと赤い手を見ているだけだった

直後に上がった悲鳴は同じ班の女子生徒のもので、驚き顔を上げた男子生徒が、今度は別方向で上がった悲鳴にもまた驚いて振り返る

突き飛ばした男子生徒が、別の男子生徒に殴り飛ばされていたのだ

床に倒れた上からのし掛かり、何度も何度も拳を打ち付けている生徒をすぐに飛んできた教師が引き剥がした

手を切った生徒はそのまま別の教師に保健室へと連れて行かれたが、当人は止血で縛られたハンカチが真っ赤に染まる事よりも、最後に見た真っ青な顔の方に驚いていた

あんな風に怒る荒垣真次郎は初めて見たなと、真田明彦は思ったのだ



***



床一面に広がる赤い色を見て、荒垣はまず一番にこれが真田のものでなくて良かったと思った

小さな小さな世界で、ほとんど刷り込みの様にあの幼馴染みの事を考えてきた為か、その次に目の前の少年を守れたのだと気付いた事に自嘲した

子供らしい、大きな瞳が驚愕に揺れている
こんな顔をさせるつもりではなかったのだけれど、どうにも自分のやること成すことは上手く行かない事が多くて参る

少し前まで話していたこと、これから先のこと、色々たくさんあるのだけれど、何だか頭が呆やりとしてきてどれもまともに考えられなくなってしまった

どうやら思った以上に、自分の世界は小さかったらしい

ただ、この赤い色が幼馴染みのものでなくて良かった、目の前の少年を守れて良かった、ということだけで精一杯だったので

それだけで満足してしまったので

あんな顔をする真田明彦は初めて見たのだけれど、これでいい、と荒垣真次郎は思ったのだ


『あかいいろ』


END.


*荒垣真次郎は18歳、ということを念頭に打ってみました
真田先輩の人生最大の皮肉(「勝ち逃げだよ」)に想いを馳せる今日この頃
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