突貫!アバチュ部屋

□God only works
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 それはテクノシャーマン・プロジェクトの最中に起こった出来事であった。

「前回の実験よりプラス2秒。トータル1分53秒の交信を記録。よく頑張ったね、セラ」
 モニター越しにサーフが労りの言葉を向ける。身体的負担を和らげる為の溶液に満たされた水槽の中で、まだジュニアスクールに通い始めたばかりという年頃の少女が疲労困憊の表情で儚く微笑み返した。
「被検体19号、スリープモードに移ります」
 配属されたオペレーターが進捗を告げるや、偽りの笑顔を剥ぎ取った青年は既にモニタリングルームの出口へと足を運んでいた。
「サーフ、ちゃんと最後まで見届けろ」
 同じくモニター前に配属されていたヒートが苦言を洩らすが、構うことなく自動ドアのスライドが開閉し青年の後ろ姿を遮断する。仕方なくヒートが音声マイクへと声を掛けた。
「ゆっくりおやすみ、セラ。よい夢を」
 スリープモードへと移る際に被検体へ掛ける共通のメッセージだ。今までサーフが欠かすことなく掛けていたその言葉だが、著しくない交信結果に如実に苛ついている彼は夢現となり始めた少女への慈しみを棄て視界に入れる事すら億劫と扱い始めている。
 被検体のメンタルケアを担当するサーフの次に権威があるのはフィジカルケアを担当するヒートだ。ことある毎に少女が慕う先生と言い争う主治医は、いとけない少女にとって『怒ってばかりのこわい先生』としか思われていないだろう。そんな身で安寧の言葉を掛けねばならない矛盾に情けなくなる。
 せめて少女が眠りに付く前はと出来うる限り優しい音色で言葉を掛けた。水槽の中で微睡み始めた少女がうっすらと目蓋を開く。こちらへの映像モニターは開かれていない筈だが――何故か一瞬、少女がヒートの顔を見詰めた気がした。
「19号、完全にスリープモードに入りました」
 オペレーターが実験終了を告げた次の瞬間、モニタリングルームの中を強い光が埋め尽くした。

「!!」
 突如視界を襲った光からヒートは咄嗟に目を庇う。睡眠不足による視界のフラッシュ反応かと医師の不衛生を嘆きかけたが、どうやらモニタリングルームにいるスタッフ全員がこの光を感知しているようだ。舞台の上でスポットライトを一度に浴びせられたかのような強さの光に、皆一様に顔や目を覆い、驚きや戸惑いの声を漏らしている。
「何だ、これは……セラ?」
 EGG本体から直接発しているらしい光源を探る為、椅子から立ち上がり指の隙間からモニターの様子を伺う。水槽の中で無数のチューブに繋がれたまま、胎児のように身体を丸めこんこんと眠っている少女。どうやらセラ自身にはどこにも異常は無いようだ。
 安堵の息を吐く。そうこうしている内に徐々に光は弱まり、薄暗く電光コンソールに照らされた室内が戻ってくる。

 ――何かがおかしい。違和感を覚える。

 すぐに原因に気付いた。確かにヒートは椅子から立ち上がった筈なのに、目線がやけに低いのだ。モニターの表示が頭一つ分近く上に見える。
 機械の不調かとオペレーターに尋ねようとして、固まる。
「……君は、誰だ?」
 驚きに掠れ、まるで女性のような高い声が喉から飛び出た。
 隣に居たはずの男性スタッフが、いつの間にか見たこともない女性と入れ替わっていたのだ。
 いや、見たことはある、なにせ全体的な面立ちはオペレーターの彼その者だった。双子の姉か妹でも居たのか、それにしても一体いつ入れ替わった?
 常に冷静に進捗を報告する男とよく似た唇が、信じられないと言いたげに震えながらヒートを見つめる。
「ドクター・オブライエン……その、姿は……?」
 女性の声に言われて初めて自分の身体を見下ろし、まず一番に目に入ったものにヒートは度肝を抜かれた。
 この世に生を受けて24年あまりになるが、ヒート・オブライエンという人間はれっきとした男性である。

 その男性にはあるはずのないもの――見事と言えるほどに膨らんだふくよかな乳房が、胸元で重たげに存在を主張していた。

***

「な、何なんだこれはーーーー!?」
 モニタリングルームは一瞬にしてパニックに陥った。なにせヒートをはじめとした男性スタッフが老若問わず全員、女性の体へと変貌していたのだ。
「あらあら、皆さんすっかり可愛らしくなっちゃったわねぇ」
 別室では最高責任者であるマダム・マルゴがおっとりとした口調で驚きを現す。その隣では技術部長がくだらないものを見るようにモニターからEGG本体を見据えていた。
 被害を受けていない女性スタッフがすぐに確認したところ、施設全館に渡り男性のみが性別の変化を起こしているとのことだった。
 情報交信による周囲への遺伝子副作用か、はたまた別の何かか、まさに『神の御業』としか言い様のない出来事からいち早く立ち直ったのはヒートである。
 胸ポケットから緊急用の連絡端末を取り出し、登録されているナンバーを呼び出す。情けないことに、何かが起こった時はまず一番にこの男を頼ってしまう。数コールで繋がった相手にありのままの現状を叫んだ。
「サーフ!異常事態だ!!」

「みたいだね」
 端末からではなく真後ろ、思ったよりも近くから聞こえた声に驚き振り返ろうとしたヒートだが、同時に後ろから伸ばされた腕によってそれは妨げられた。
 両脇の下から生えた白い手。それがヒートの胸に添えられるや、むにりと何の脈絡もなく鷲掴まれる。
「ぅぎゃあ!!??」
「へぇ、まるで本物みたいじゃないか」
 肩を飛び上がらせて驚くヒートをよそに、サーフはいつも通り芝居掛かったような声で両胸の手触りに感心していた。
 いつも通り、男の声で。
「サーフ、お前……何ともないのか?」
 しこたま胸を触られたのも気にせず今度こそヒートが振り返ると、何ら変わりのないいつも通りのサーフの姿がそこにあった。
「トイレで用を足していたら隣に居た奴らが突然『なくなった』だのなんだの大騒ぎしてたけど。ご覧の通り僕は僕のままだよ」
 顔立ちは元々中性的で綺麗なものなので判断し難いが、確かに平らな胸や手足等の身体つきは男性のものだ。なんなら下も見るかい?と、こんな状況下に関わらずジョークを飛ばす余裕まであるのもいつも通りだった。
「まぁお前が無事なら良かったけど……にしても一体、何でこんな事に……」
 ヒートが一回り小さくなった身体で項垂れていると、さも当然と言わんばかりにサーフが応えた。
「何ってそりゃあ、セラのお遊びに付き合わされてるだけさ。君ら全員……いや、正確にはヒート以外はとばっちりかな?」
「は?」
 モニタリングルームに居る全員がぱちくりと瞳を瞬かせる。全員が女性となっただけあり華々しい空間だが、その中でもやはり一際ヒートの存在がサーフには輝いて見えた。
「部長はもうお気付きですよね?スリープモードに入ったテクノシャーマンが一体何をしているのか」
 モニターに向けてサーフが問い掛けるも、返事は返って来ない。やれやれと苦笑してサーフが説明を始める。
「お前も見ただろう?あの胸糞悪いおままごとを」
「自立型AIの、仮想空間のことか?」
 ヒートも見たことがある。サーフや部下のアルジラ、それに同じプロジェクトの被検体同士として知り合い仲良くなったあのブラジリアンの少年――彼等をモデルとしたAIと一緒に、無邪気に遊ぶセラの姿を。
 そこにヒートも存在していたことには驚いたものの、やはりセラから見た姿は常に怒ってばかりのものだった。ドレッドヘアの少年が茶化し、ヒートが怒り、アルジラが双方を拳骨で諌める。セラとサーフがそれを見て楽しそうに笑う。散々な扱いだが、一時でも辛い現実を忘れてあの子が楽しく笑えるのなら。例え道化役にされようとヒートは一向に構わないと思っていた。
「調子が悪いからか、最近特にセラはあそこに籠りがちでね。だけど……ただの従順なAIにしとけばまだいいものを、『神』の情報まで使ってこだわって自立型にしたものだからさ」
 自立型は、造り手から自立し、考え、思考を変化するから自立型なのだと言う。
 無条件にセラを慕い、愛してくれたAI達の中で、互いに違う感情が芽生え始めたのだ。
「ヒート、AIの世界でもお前は中々罪作りな奴だね」
 ニヤニヤと笑うサーフの言ってる意味が分からなかった。
 仮想空間の中で、いつも突っ掛かってくるヒートに対してサーフは歩み寄ろうとしていた。セラの理想が詰まったその姿はやがてプログラムの壁を越え、いつしかヒートもサーフと友好的な関係を築き始めた。そこまでなら良かったのだが。
「一線を越えちゃったんだよ、あの二人」
 今度は本気で目眩がした。思わずよろめいたヒートをサーフがさりげなく抱き止める。気のせいか、今、また胸を触られた気がする。

 戸惑ったのはセラも同じだろう。大好きなみんなのサーフと、怒りっぽいけど本当は優しいお兄ちゃんという設定にしていたヒートが、久し振りに会ってみれば懇ろの仲となっていたのだ。仲良くなってくれたのは嬉しいのだけれど、違うそうじゃない、シエロとアルジラも戸惑っている。これはいけない。いけない……ような、気がする。
 幼い頭でセラは必死に考え、最終的に力技に出たのだ。

「そうだ、ヒートが女の子になればいいんだ……ってね」
「いや、待て、ちょっと待て」
 殆ど蒼白に近い顔色でヒートがサーフの言葉を遮る。
「おかしいだろう!」
「セラの発想が?」
「違う!……いや、違わなくもないけど……そうじゃなくて、何で仮想空間で起こった出来事が現実になってるんだ!?」
 それに他のスタッフまで女性になってしまったことも説明がつかない。詰め寄るヒートの胸をやんわりと押し返し(また触られた!)サーフがどうどうと宥める。
「落ち着けよ、『神』から発する情報が人体にどんな影響を与えるかはすでにマダムや部長が証明済みだろ?」
 キュヴィエ症候群。情報によって人間の身体が石のように結晶化するのなら、性別の変化すらあり得ない話ではないのだ。
「セラの夢の中で行われた情報操作だけれど、夢も所詮脳が送る電気信号だ。少し思い入れが強すぎて外に漏れちゃったんだろうね」
 ましてや『神』との交信を行うEGGの中である。その影響は計り知れないだろう。結果、まともに情報を浴びたヒート他施設内の男性スタッフは性転被害に遭った。セラが王子様と認める、サーフただ一人を除いて。
「じゃあ、もしかして一生このまま……?」
 絶望の声がそこかしこから上がる。
「安心しなよ、夢は覚めれば終わる。セラが目を覚ませば現実空間への影響は消えるさ。今だって表面的に身体の情報が書き換えられているだけで、本質的には男のままの筈だよ」
 男言葉、使っているだろう?と指摘されてヒートは確かに自分の心は男のままだと安堵した。
 ふと気になってコンソールを操作し、セラが今夢見ている仮想空間をモニターに小さく映し出す。
 今のヒートと全く同じ体系をした赤い髪のAIが小さな黒いビキニを纏い、小悪魔的な挑むような笑みを浮かべサーフの腕にしがみついていた。反対の腕をセラが取り、まるで取り合うように左右からサーフの腕を引いている。間に挟まれたサーフは困ったような、しかしまんざらでもないような表情を浮かべている……。

 あやうくモニターを叩き割りそうになった拳を寸でのところで堪え、仮想空間の映像を消すとヒートは肺に溜まった澱を吐き出すように溜め息を吐いた。
 セラがスリープモードから目覚めるのは早くて半日、長いときは3日間眠ったままである。普段は過酷な実験に向き合うのを少しでも先伸ばしに出来ればと、セラの眠りを見守っていたのだが。

「分かったかいヒート?セラが目を覚ましたらその身体ともお別れなんだから、今の内にヤれることはヤっておこうって話だよ?」

 決して急かす訳ではないのだけれど、出来ればちょっと早めに起きてほしいと思ってしまったヒートだった。

 数日後――セラの覚醒と共に珍妙な事変は幕を閉じたのだが、モデル体となった宿命なのかヒートだけは何故かセラが眠る度にその都度女性体へと変化してしまったという。


END.


*三回、触った(本当はもっと触らせたかった)

→親愛なるみの様へ捧げます
お気に召して頂ければ幸いです♪

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