突貫!アバチュ部屋

□Summer vacation
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 アメリカンスクールのサマー・バケーションは長い。
 大体どこの州も6月前後から9月上旬に渡って約3ヶ月ほどの長期休暇に入る。昨今では共働きの家庭が増え、ジュニアスクールの子供の面倒をどうするかで社会現象になるほど悩みの種となる長さのサービス期間だ。
 だがヒート達大学生にとってはまたとない巻き返しと追い上げのチャンスである。この3ヶ月をいかに有効に使うかで新学期を迎えた時の明暗が別れるのだ。大学で行われる夏期の集中講義は可能な限り全て受け、空いた時間にはデリバリーピザのアルバイトと病院での課外活動を詰め込む(時給につられてどうしてもアルバイト優先になってしまうのは容赦してもらいたい)。この時期に休暇を満喫できる学生は既に内定の決まった四年生か、よほどのお気楽連中だろう。
 炎天下の中日除けの長袖を着て汗だくになりながらランチタイムの配達を終え、ヒートがアパートに戻った頃は午後3時を過ぎていた。アルバイトの時間も勉強に充てられればと思うことは何度もあるが、稼がないことには生きていけない。なにせ昨年から一気に食いぶちが増えたのだ。
 新しい同居人(と形容していいものかどうか)を迎えてからはほとんどかけっ放しにしているエアコンディションの温度を1℃だけ下げ、汗を流すためシャワーを浴びる。
 水気を帯びた重いブロンドが顔に貼り付いた。随分伸びてきてしまった気がする。春に1度散髪してからどうにも切る時間がとれず、不精に任せそのままになっていたから当然か(何故か切ろうと思い付く度に親友に何かとちょっかいを掛けられ、結局機会を逃してしまうのも原因のひとつかもしれない)。
 何も身につけないまま頭からタオルを被っただけの姿で快適に冷えた室内に戻る。一人暮らしはこういう時に遠慮がいらないのがメリットだ。
 ミアウ、と足元から鳴き声が上がる。
 失礼、一人と一匹暮らし、だったか。

「悪い悪い、今缶詰め開けるから」
 柔らかな毛並みがするすると素足にまとわりつきエサを催促する。夜のドレスの中右耳だけがシルバーに近いグレイの毛色を持つ一匹の黒猫。昨年の秋、逮捕されたステラ・パーカーが室内で飼っていた猫だ。大人しく人馴れし、飼い主の命の恩人でもあるヒートにやけに懐いてくれたので情にほだされそのまま譲り受けてしまった。
 白いスープボウルにペットフードを開けてから床に置く。よく躾られた成猫なのだろう、食い散らすことなく綺麗に上品に食べている。時々ヒートを見上げてはお礼(というよりはお愛想か)のようにミア、と一鳴き。本当に賢い猫だ。
 微笑ましい光景を眺めながら冷蔵庫からエビアンを取り出し一気に飲み干す。猫缶代に一日中稼働することになった空調代、その他諸々、決して安くはない出費だがヒートはこの新しい同居人を気に入っていた。
 綺麗に平らげられた器を洗い流した頃に火照った身体の熱も引いたので、ようやくショーツとジーンズだけを身に纏いベッドへ潜り込む。今夜は久し振りにゆっくりできるので勉強前に仮眠することにしたのだ。元々暑がりな体質なので上半身は裸のままだ。今は眠る時に頼もしい腹巻きがいるので寝冷えの心配もなかった。
「シュレディンガー」
 名前を呼んでブランケットを捲って見せれば食後の毛繕いを中断し一直線にベッドの上、ヒートの腹辺りへと滑り込み寄り添う。すべすべとした毛並みが素肌にあたって気持ちが良い。柔らかなぬくもりを感じながら目を閉じ、軽い眠りの世界へと旅立った。

***

 猫がすりすりと胸元に頬擦りしてくる。普段から寄り添いはしても過度なスキンシップをしてこないためこんな風に甘えた仕種は珍しい。
 ぺろり、と肌を舐められてくすぐったさに笑いが溢れた。胸の尖った部分に軽く歯を立てられ、夢うつつにこら、と小さく嗜める。胸元に顔を埋めるいたずら猫の毛並みに手を通す。さらさらと、指通りの良い黒髪だった。

 人間の、黒髪。

「………………あ?」
「ようやくお目覚めかい、ヒート」
 見慣れた親友の無邪気な笑顔が胸の上にあった。
「……は?え、サーフ?何で居るんだお前」
 寝起きの呆けた顔でヒートが尋ねると、胸元に顔を埋めたサーフが身体も上に乗り上げたまま左右の足をパタパタと交互に揺らし答える。
「明日のウィリアム教授の脳神経科学に関する講義が教授の体調不良の為急遽日時変更になったことを知らせに。あとついでに君んとこのピザを食べに」
 講義の日時変更だけならメールで済むだろ、という疑問は後半に続いた言葉で浮かぶまでもなく解消した。確実に、ついでの方がメインの用件に違いない。
「目ざとい奴だよな……何で持ち帰りがあるバイト帰りの時ばっか来るんだ……」
 寝起きの怠さが少し残った調子で呆れたようにヒートが呟く。感覚も鈍くなっているのか、同年代の男が身体の上に乗り上げ密着しようが全くお構いなしである。
「そりゃあ好きだからね。あと、ヒート……何か他に言うことはないのかい?」
 思わせ振りな台詞に首を傾げる。そういえば猫は何処に行ったのだろうか。
「シュレディンガーは?」
 左右に視線を巡らせ飼い猫の姿を捜す。 
「僕が来た途端、気を効かせて何処かに行ったよ。名前の通り食えない猫だね」
 そうじゃなくて、とどこか焦れたように背中に回されていたサーフの腕の締め付けが強められる。とどめとばかりに胸の谷間にキスを落とされた。
「ん?……ぅうっわ、何だこれべったべたじゃねぇか!何やってんだお前!」
 散々舐めてしゃぶりつくされた後なのだろう、裸の胸元はとても他人の目に晒せるようなものではない酷い有り様だった。あちこちに歯形やよくわからない鬱血痕がつけられ、乳頭部分はぽってり赤く腫れ上がっている。
「嫌がらせにも程があるぞ!」
 身体の上のサーフを叩き落として飛び起き、除菌効果付きのウェットティッシュを引き抜いて唾液まみれの胸元を拭っている。
「…………………」
 鈍感すぎる。サーフは目の前のアイリッシュブロンドを睨み付けた。ここまでやってまだ気付かないとは。あながちアイスマンの名も間違ってはいないのかもしれない。
 相変わらずセンスの分からないイエールロゴのシャツを着ると、ヒートはベッドの上でじっとりとした視線を向けてくるサーフに何事もなかったかのように話しかける。
「ピザ食いに来たんだろ?今温めてやるから、皿ぐらい出しとけよ」
 せっかくあれこれ理由をこじつけて頂いた合鍵を有効活用してやろうと思ったのに、これはあまりにも拍子抜けな展開だった。せめてもう少し激昂してくれたならまだ面白いものを。
 どうやら16歳という年齢はヒートの中ではまだまだ被保護下の対象であるらしい。本気で猫がじゃれついたようなものと思っているようだ。
 まぁいいか、とサーフは早々に思考を切り換えた。相手がこちらを子供と思っているのなら、それを最大限利用させてもらうまでである。焦ることはない。

「ヒート。いくら猫しかいないからって、シャワーの後に全裸でうろうろするのはやめた方がいいよ」
「は?何で知ってるんだよそんなこと」

 レンジのタイマーがピザの出来上がりを知らせる。
 差し出した皿をヒートが受け取った。緩めのシャツの襟首から赤い鬱血痕が覗いて見える。そう、焦ることはない。

 アメリカンスクールのサマーバケーションは、まだまだ長いのだから。
 ミアウ、と猫の鳴き声が聞こえた。


END.


*風呂上がり全裸でうろつく系オブライエンと、華麗に盗撮シェフィールド

 

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