突貫!アバチュ部屋

□Cleaning
1ページ/1ページ


 斥候から帰ってきたヒートの汚れ振りは、それはもう凄まじいものだった。
 全身血と雨に濡れていることはまだ許容範囲にしても(何せそういう任務だったのだ)、一体何処で何をしてきたのか。トレードマークの鮮やかな赤毛や気に入りのマントは最早地の色が分からなくなるほど汚泥にまみれ、余すことなく異臭を放っている。
「ヒート、くさい」
 サーフが鼻をつまみながらストレートに言ってやれば露骨に苛ついた表情を見せ、何も言わないのと同じぐらい報告もそぞろに作戦室から出ていく。
「待て待て、言い方が悪かった。謝る」
 慌てて後を追い掛け泥まみれの腕を掴み引き止める。今にも噴火しそうな怒りの目が睨み付けてくるが、そこはさすがトライブのボス、意にも介さない。
「アルジラといいシエロといいてめぇといい……戻って会うなりひとの事くせぇだの何だの、なんだってんだ」
 まぁ、びっくりするぐらい臭かったからなぁ……とはさすがに口には出さず、廊下で偶然すれ違ってしまったのだろう二人の大袈裟なリアクションを想像する。さすがに、三度目は我慢ならなかっただろう。
「おいサーフ、何処に行くんだよ」
 自室へ戻ろうとしたヒートの腕を掴んだまま、共同シャワールームへと引っ張る。
「失言の詫びだ。洗ってやる」
「はぁ!?」
「俺も、ヒートはくさいよりいいにおいの方が好きだから」
「はぁああぁ!?!?」

 いらねぇだの意味がわからねぇだのごね続けるヒートをなだめながらも有無を言わさぬ力で引きずり込み、入り口にロックをかける。

「…………」
 たまたまその現場を遠く離れた向かいから見てしまった参謀は、静かに両目の間に手を当てたった今脳裏に焼き付いてしまった不要データの抹消に務めた。

***

 汚れたスーツをアンダーごとリネンボックスに放り込み、何故かサーフまで一緒に脱いで共同スペースの一番左奥、医療時にも使われる簡易バスタブ付きの広いスペースへと入った。
 ヒートも抵抗は無駄と諦めたのか、もとよりシャワーは浴びるつもりだったのでどうせならとされるがままにバスタブの縁に腰掛ける。
「ほら、目を閉じて」
「わぷ……っ」
 適温よりやや温めのシャワーを頭から浴びせ、固まりこびりついた返り血と泥を丁寧に洗い流す。本人はかすり傷ひとつ負っていないのだろう、すぐに健康的な肌色と見事な赤毛が顕になった。
「それにしても、なんだってあんな泥まみれになってたんだ?」
 シャワーヘッドを壁のフックに掛け、両手指を使って細かな所に残った泥を洗い落としながら尋ねる。
「珍しいものがあったんだよ」
 俯き、瞼は閉じたままヒートがぶっきらぼうに答える。
「キラキラして、光ってて、すげぇ綺麗だったから、セラにやろうと思って取りに行った……そしたら転んだ。それだけだ」
 最後の一言だけ決まり悪げに呟くさまがおかしくて、つい小さく吹き出してしまった。耳敏く聞き付けたヒートがかみつく。
「笑ってんじゃねぇ!」
「悪い、そんなつもりじゃなかったんだ」
 謝罪はしたもののいまだ笑うような振動が指先から伝わってくる。憮然とするヒートの頭をあやすように撫でながら、今度はサーフがぽつりと呟いた。
「……なんだか、妬けるね」
「あ?」
 直後に勢いを強めた水音で聞こえなかったのか、僅かに上がったヒートの頭を柔らかく押さえつけて何でもない、とシャンプーに手を伸ばした。


 他人に頭を洗ってもらうことなんて初めてだ。ヒートは未知の感触になんとも言えない複雑な感慨を抱いていた。
 普段かきむしるようにざっくばらんに汚れを洗い流している自分の手つきと打って代わって、サーフの指先は優しい。怪我人を労るように(労る、という行動も最近理解し始めたことだ)、ゆっくりと、揉むように頭皮を擦っていく。
 決して不快ではないのに、むずがゆいような、落ち着かない気分になる。
 けれど、気に入らないとはいえ仮にも一応自らが属するトライブのボスがこうやってかしずくように奉仕してくるのは悪くはないと思った。まるで愛用している銃のメンテナンスをするみたいに、隅々まで、大切に。
 なんだか気分が良くなり、すっかりヒートはサーフのされるがままに全身を清められていた。
 頭を洗い終えると今度は身体を洗う為のソープを手に取り、備え付けのタオルやスポンジを使わず素手でヒートの肌をまさぐっていく。少しくすぐったい気もしたが、道具を使わずボス自らの手で行われる施しも悪くないとまた気分が良くなった。
「ヒート、かゆいところはないか?」
「んー…?ん……ねぇ……よ、きもちぃ……」
 心地好い湯温と手の感触にとろとろと思考がほどけて反応が鈍くなる。いつのまにかバスタブの縁から中へと座り込み、しかも背後にはサーフの気配。どうやら狭いバスタブの中に抱え込むように二人で入っているらしい。
 湯を溜め込む栓を閉めずにシャワーだけを緩く流し続ける。贅沢だ、という言葉が脳裏を過り、それもまたヒートの気分を静かに高揚させた。
 脇のうしろからからするりと胸部へ回されたサーフの手が、ふにふにと意図のわからない二つの突起をつつき倒す。そんなところまで泥で汚れていただろうか?
「サーフ?」
「ヒートはまだよく知らないだろうけれど、俺たちの身体は毎日小さな脱皮のようなものを繰り返しているんだ」
 訝しみ振り返るヒートの視線に淡々とした調子でサーフが返す。
「だからこうして、毎日薄い膜をこすって洗い流さなくちゃ健康にも悪いし、くさくなる」
 セラにも嫌われるかも、と何でもないように呟いた言葉にびくりと肩が震えた。
「お、俺、今までそんなに丁寧に洗ったことなかったぞ……なあサーフ、俺、くさかったのか……?」
 まるで愛娘に嫌われるのを恐れる親のような焦った声音に再び笑いが漏れそうになる。娘。親。セラから聞き齧っただけの単語だけれどあながち間違った使い方はしていないような気がして、似たような気持ちをセラに抱くサーフにもヒートの焦りは理解できるのでなだめるよう二つの突起をくるくると擦る。詰まったような、甘い鼻息が漏れた。
「大丈夫、ヒートはいいにおいだよ。ちゃんと汚れたスーツを着替えて、余計な臭いを落とせば、とてもいいにおいだ」
 すん、と首筋に鼻を擦り付けてにおいを嗅ぐ。血と泥と雨、一切の不純を落としたヒートの肌のにおいは、とても心地が好かった。
「ん……そっか。なら、いい」
 納得したのか、再びされるがままの姿勢をとる。かわいいな、サーフは幾度となく思った事を反芻した。
 するすると、円を描くように右手を下ろす。胸の突起から下へ、みぞおち、へそ、そして
「!?」
 だらしなく開かれていた脚が閉じられようとする、のを許さず、同じく両脚で絡めとり左右にひろげたまま押さえ込む。そして中断された右手は下生えへと伸び、さらに下、男性型の急所へと添えられた。
「さ、サーフ…、そこは、いいっ」
 いかに信頼のおけるボスとはいえ、一番剥き出しの急所に触れられるのは気が引けるのだろう。もがくヒートに大丈夫だとだけ告げ、サーフはソープを纏いぬるついた手で遠慮なく急所をしごいた。
「……っ、ぎ!!??」
 骨髄に微弱な電撃を落とされたような衝撃が下腹部を襲う。ぬるぬると白い右手がそこを擦るたびにその衝撃はやってきた。
「あ、あ、やめ、サーフ、やめろ、それ、」
「駄目だ。ここが一番、汚れとにおいの溜まる場所だから、とくに綺麗にしないと」
 切れ切れに告げるヒートの言葉を切って捨て、サーフは右手の動きを早める。骨髄から脳神経に駆け上るような、焼けつく衝撃がヒートの全身に広がった。
「ぁっ、う、ぎ、ィイ……――――!!!!」
 ぶるり、と腰が震える。何か濡れたような感覚が下半身を抜けたけれど、先程までの衝撃が嘘のように身体が軽くなった。
「……ぁ?」
「ヒート、かわいいね」
 思わず振り返った先で、うっとりとした表情を浮かべたサーフがそれだけ呟いた。


「サーフ、サーフ、なぁ、これ、本当に身体洗ってる、だけなのか……!?」
 体内に他人の身体の一部を突き挿れられているという事実が信じられないのだろう、バスタブの縁に手を突きながら、半ば必死にヒートが背後のサーフに確認をとる。
「大丈夫、ちゃんと、ヒートの中、奥まで、俺が綺麗にしてあげるから…!」
 ヒートが必死ならサーフも必死だった。脳の奥から涌き出る本能のままもっともらしい口上を述べ、目の前の男の腰を強く掴み何度も突き挿す。
 気持ちがいい。
 とても、気持ちがいい。
 何も知らないヒートはただサーフが身体の奥の汚れをサーフ自身を使って掻き出しているだけだと信じている。
 たまらなく、気持ちがいい。
 腰を動かして前後に擦るたび、耐えるような喘ぎが聞こえる。
「ヒート、ここはすぐ汚れちゃうから、これからは毎日こうしよう。俺が、ちゃんと、綺麗にするから、ね?」
「ん、んぐ、ゥ、ア、ほんとか?おまえが、して、くれんのかよぉ、嘘言ったら、承知しねぇぞ……!!」
「本当、だ!」
 一際、強く突き挿した。えぐるように奥を捏ね回す。
「ァ、ああああア!!!!」
 ぱたぱた、とタイルに白い液体が散った。同じものが今、ヒートの腹の中に無数に散らばったのだろう。

 ああ、とても、綺麗になった。

「毎日しようなぁ、ヒート」
 うっとりと、夢見心地で呟きながらサーフは目の前の背中に唇を落とした。

***

「サーフ、見てこれ、これね、ヒートが見つけてきてくれたの!」
 てとてとと、頼りない足取りで廊下を走ってきた少女が手のひらにあるものを差し出す。
 光の反射で七色に輝く、切り出しの硝子片だった。そこかしこに廃墟が連なるジャンクヤードでは特に珍しくもないものである。
「きれいだね。良かったな、セラ」
 頭を撫でて言ってやれば、心から無邪気な笑顔が花開いた。
 願わくば、この笑顔がこれからも仲間の、皆の、彼の側にありますように。


END.


*完全に勝ち組目線サーフ。
ヒートは腹痛で寝込んでます  
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ