突貫!アバチュ部屋

□Heat,overheat
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「理解不能だ」

 お決まりの(と呼ぶにはあまりにも愛想のない淡々とした調子で)台詞を吐き出し、扉から室内へと足を踏み入れかけたゲイルが両目の間に指先を当てる。
 そこにはない何かを押し上げるような微かな動作も既に見慣れたものだが、その表情には明らかに困惑、驚愕、そして未知なる事象への畏れがあった。
 敵対勢力にどれほど追い詰められようと、眉ひとつ動かすことなく状況打破してきた人物。一体この室内の何がエンブリオンの頭脳である彼をそこまで混乱たらしめているのか。

「何故、ボスとヒートが全裸状態で抱き合っている」

 ――あ、俺か。とサーフは我に返り、腕の中にある意識の無いヒートの身体をどっこいしょと抱え直した。

***

 話せば長くなる。それはとるに足らない狩りの最中であった。
 何度追い払ってもスワディスターナに潜り込もうとするニュービー達を少数部隊で軽く散らし、各々が適度に飢えを満たしてからアジトへと帰還すべく立ち上がった。
 巡りの雨をその身に受けながらの帰路。前兆も、予兆も何もなかった。
 どさり、背後から聞こえた音に何事かと振り返れば。無様に地面に崩れ落ちる赤毛の男の姿がそこにあった。

 苦し気に荒い呼吸を繰り返すヒートの全身が、燃え盛る炎のように発熱していた。
 ほんの数時刻前まではサーフ率いる他の誰よりも威勢よく暴れまわり、喰らい倒し、燃やし尽くしていた男が、突如糸が切れたようにぴくりとも動かなくなり伏している。
 その場で可能な限りの手段でもって回復処置を施したのだが状態は変わらず。一刻も早くアジトに戻って本格的な回復端末で治療を、と判断したサーフは連れていた隊の内体格の良い二名に左右からヒートを支え運ばせようとした。
 ボスの命令に素早く対応した構成員二人は、しかしすぐに短い悲鳴を上げヒートから離れる。見れば、触れた手のひらや腕がトライブスーツ越しにも関わらず熱した鉄を押し当てられたかのように真っ赤に焼け爛れていたのだ。
 ――アートマの暴走。嫌な予感が脳裏を過るが、餓えはつい先程満たしてきたばかりである。なのに何故。
 考えるよりも先にサーフは自らの手首を喰い破り、流れ出る血をヒートの口元へと擦り付けた。意識はなくとも血の匂いに身体は反応する筈、そう思ったのだが赤黒い血は啜られることなく溢れた唇から顎へとむなしく滴り落ちるだけだった。
 餓えでもなく、怪我でもない、見たこともないヒートの症状にいよいよ冷静さを失い始めたサーフであったが、悪魔化の力と共に研ぎ澄まされた五感が激しい呼吸の中、微かに溢された呻きのような一言を聞き取った。

「…………っあちぃ……」

 その呟きに閃いたサーフはすぐさま右腕を悪魔化させ、薄く氷を纏わせた手のひらでざんばらにかかる赤毛を除けて額を覆う。
 悪魔化した大きな右手ではほとんどヒートの顔全体を掴むようになってしまったが、途端、苦し気な呼吸が一瞬やわらぎ、はふぅ、と安堵のため息に変わった。
 ヒートの様子に周囲の張りつめた空気が解ける。高温によって氷はあっという間に蒸気と化し、しゅうと音を立てて消えたがすぐにまた次の氷を生み出す。
 そのまま全身を悪魔化させ、常に薄氷を纏った状態でサーフはヒートを背に負い、アジトへの道程を戻って来たのだ。火傷を負った構成員達は適切な処置をしたのち先に帰らせ、何故かゆっくりとした足どりで。

***

「……で、今に至るわけだ。分かったか?」
「理解不能だ」

 二度目は容赦がなかった。
 何か説明に至らない点でもあっただろうかとサーフは自問する。ことの発端、経過、結果まできちんと述べたつもりである。それともやはり原因が解明できないままなのが完璧主義の参謀の気に入らなかったのか。
「ヒートの症状が暴走かそうでないかにせよ、被害を最小限に抑えた対処はボスとして実に申し分ない。俺が今聞いているのは、何故症状が落ち着き、対処法も冷却ジェルで事足りるまでになり、明日の作戦についてのミーティングを始める時間になったにも関わらず、その時間を30分オーバーしてもボスのお前が姿を見せず、きちんと着用されていた筈のアンダーをわざわざ取り払い、ほぼ意識不明のヒートと全裸状態で抱き合っているのか、だ」
「だってヒートがかわいいから」
 答えになっていない。
 そうこうしてる間にぺったりと重ね合わせた肌同士が熱を帯びてきたのか、むずがるように身体を捩らせるヒートを見てサーフが指先に氷を纏わせる。
 ゲイルは軽く目を見開いた。悪魔化した様子もなく、いとも簡単にアートマの力を使ってみせている。そもそもが敵を喰らう為の能力をここまで繊細に使いこなせる事自体が稀有である。
 その稀有な力で何をしているかというと――
「はい、ヒート。あーん」
 指先の氷で眠るヒートの唇をふにふにとつつき、微睡みの中涼を取るべく無意識に舌を突きだし氷に這わすさまをつぶさに観察していた。
 口の中へと指を突き入れ、ゆっくり抜き差しするたびに、ん、ん、と鼻にかかった声が漏れる。全身に薄い冷気を纏い、四肢を絡み合わせ熱を冷ます。ヒートはただ心地よさを求めサーフの身体にすがりつき、その行為を受け入れていた。
「どうしようゲイル、ヒートがこんなにもかわいい」
「………………そうか」
 エンブリオンの頭脳、風のアートマを持つ男の精一杯の相槌である。

 ミーティングはいつできる、との問い掛けに「とりあえず明日、現場で」と返事をし、サーフそれはぶっつけ本番と言うのだがとやけに洒落た言い回しをする参謀を部屋から遠ざけた。
 先程、セラを連れてアルジラが見舞いにやってきた時もよく分からない悲鳴を上げ、ヒートの心配をするセラの目を覆い「セラは見ちゃダメ!不潔よ!」とかなんとか喚きながら部屋を出ていった。
 セラの歌を聴けばもっと早く意識が戻るのかもしれないが、このまま身体を冷やしてやれば大丈夫という確信を得た今は、せっかくなのでもう少しこの行為を楽しみたいと思う。
 せっかく、という言葉がどういった意味で出たのかは分からないが、触れ合わせた肌を離し、絡み合わせた手足をほどくのは酷く惜しい気がしたのだ。
 激しく怒りにギラついた視線も好ましいけれど、眉間の皺がとれた顔はシンメトリーに整っていて普段余り感じられない知性を浮き立たせている。間近で見ていて一向に飽きない。
 氷を纏わせた指先をもう一本増やす。ばらばらに動かす二本の指に翻弄されながら、それでも必死に舌を這わせるヒートの口の中はまだ燃えるように熱い。何だか楽しくなってきた。

 もっと、この中を一杯にするような、太くて大きなものをくわえさせてみたいと、サーフは思った。

***

 トレードマークの青い三つ編みの房を揺らし、シエロがパタパタと通路を駆けてくる。
「どうしたブラザー、やけにお疲れモードじゃん!あれ、兄貴とヒートは?」
 ミーティングするから呼びに行ったんだよな、とゲイルの肩越しに奥の部屋を覗きこもうとした三つ編み頭を片手で抑え込む。
「近付くなシエロ、今のサーフはサーフであってサーフでない。危険だ」
「ハァ?何だそりゃ……ちょっ、おい!!首根っこ掴んで持ち上げんな!運ぶな!俺は猫じゃねーぞ!ニャーーーー!!!!」
 ジタバタ暴れてもさして影響のない小柄な身体を掴み上げ、セラやアルジラ達が居る安全地帯(セーフティゾーン)へと歩みを進める。
 この時はゲイル本人にも理解不能だったのだが、なんとなくこの騒がしい少年兵にあの混沌とした室内を見せてはいけないと思ったのだ。

 後日、すっかり回復したヒートとサーフによって作戦(というのもはばかられる強行突破)は何の問題もなく成功し、余計にゲイルへ複雑な感情を抱かせたという。


END.


*ひと、それを苛立ちという
お父さんゲイルと、真夏のボンネットヒートと、もうなんかもう、サーフ

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