突貫!アバチュ部屋

□Mouth lonely
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時は彼此、世は煉獄

人が悪魔となって喰らい合う戦場と化した此処ジャンクヤードでは、今日も有象無象の喰奴たちが己の業(カルマ)と向き合い葛藤し、救いとなる楽園――『ニルヴァーナ』への道を目指していた――



ミック・ザ・ニック(別名:ミートボールおじさん)率いる『ソリッド』によって半壊滅状態となった『エンブリオン』本拠地、ムラダーラ
楽園への鍵となるセラの居場所が他トライブに発覚してしまった事も併せて、只今新しいアジトへの引っ越し準備中である
トライブの構成員が慌ただしく荷造りする中、弾薬の詰まった箱を抱えて基地の外へ出たアルジラが赤い背中を見つけ声をかける
「ちょっとヒート、そんなとこに座り込んでないで少しはこっち手伝って頂戴」
半地下状の入り口から階段を登り、開けた道からさらに突き出た高台の縁にどっしりと腰を据えた双頭の赤い悪魔は、背後からの仲間の呼び掛けにも答えず何やら口元をもちゃもちゃと動かしていた
「あら、何食べてるの?フロスト?ランタン?」
ポイント136から急遽引き返したかと思えば休む間もなく基地移転準備である
疲労も相俟って少し小腹が空いてきたので、おそらくムラダーラ周囲のニュービー狩りの後であろうそれを残っていれば脚か腕の一本でも分けて貰おうと思ったのだが
『…………』
相も変わらず無視である
口元だけをもにょもにょさせ、視線を決してアルジラへと合わせようとしない
仕方ない子ね、と諦めたようにため息を吐き(※相手は年上である)気難し屋の仲間から離れようとしたのだが
『……む〜〜〜……』
とらばさみのようにぴたりと綴じられた牙の中から何やら聞き覚えのある呻き声を捉えたアルジラは、即座に弾薬入の箱をその場におろし悪魔化すると両手でヒートの(向かって左側にある)上顎と下顎を抉じ開ける
『ちょっとあんた、何食べてるの!?』
あがぁ、と駄々をこねる様に暴れる巨体を鞭状の腕で抑え込み口の中身を掴んで引きずり出す
絹を裂いたような悲鳴が彼女から飛び出た

全身よだれでべたべたになったシエロが、白眼を剥いて牙の間からずるりと出てきたのだった


***


「仲間同士で共喰いはしちゃ駄目って、言ったでしょうがこのあんぽんたん!!!!」

あんぽんたん、とは何なのか
言った本人も分からなかったが、思わず口をついて出た言葉で目の前にふてぶてしく座るヒートを怒鳴りつける
椅子と机とモニターを正し、かろうじて作戦室の体をとりもどした場所でエンブリオンのトップ含め上位5名が並んでいた
ちなみに内一名のシエロは、脇の長椅子で横になりうんうん唸ったままである
「別に……喰ってねーし、舐めてただけだろ」
「窒息するでしょうが!!ちゃんとこっち見なさい!!」
悪魔化を解き、人間の姿となったヒートが先と同じようにアルジラと視線を合わせようとせずむくれたようにぼそぼそと答える
悪戯が見つかった後の猫みたいだ、とそのさまをほんわか眺めながら、エンブリオンのボス・サーフはほんわかどころかぽっくり逝きかけたシエロの頭を撫でて労ってやる
「よく生きてたな、シエロ」
「う〜〜ん、う〜〜ん……死ぬかと思ったぜ兄貴〜〜……」
「死ぬほど気持ち良かったのか、ヒートの口の中は」
「いやそんな訳ないでしょ!?むしろ地獄だよ兄貴何言ってんの!?」
あやうく座面から転がり落ちそうになったシエロをなだめすがめ、背後でそんなやり取りがあることを知ってか知らずか無反応のゲイルが淡々とヒートを問い詰める様子に目をやる
「シエロの件は無傷だから良しとする(シ「よくねーー!!」)……が、ヒート、最近のお前の暴飲暴食振りは少々目に余る。作戦外での無用なニュービー狩り、それも一度や二度ではない。戦況へのいらぬ混乱を招くおそれがある。自制しろ」
「いやだ」
簡潔にまとめられた文句をこちらも簡潔にはねのける
アルジラほど激しくではないが、能面のように張り付いた表情がぴくりと動くのをサーフは見逃さなかった
「はぁ……あんたねぇ……ちょっともう、サーフ。黙って見てないでヒートに何か言ってやってよ」
こめかみを押さえるように手を当てたアルジラが、先程から面白そうに傍観するだけのボスに痺れを切らして発言を促す
「うん?そうか……そうだな」
表情を改め鋭い声音でヒート、と一声
さすがにボスの一喝にはヒートもびくりと肩を揺らし、こちらへ来いと手招かれるままに渋々サーフの前へとやって来る
「……んだよ」
いかにもこれから怒ります、という表情を浮かべたサーフは元々の無機質で中性的な顔立ちも相俟って迫力があるのだろう、不満と反発の中に少々の恐れが見える
そんなヒートの右頬へと勢いよく手を振り上げ――

「……めー、だぞ?」

指先で、やわらかくぷにりと摘まんだ

「フンヌッ!!!!」
気合一閃、アルジラがサーフとヒート両方の後頭を掴み机に叩き付ける
ガゴッと鈍い音が響き卓上に亀裂が走った
「何しやがるてめぇ!」
「ちゃんと言ったのに……」
左右対称にさすさすと額を擦りながら振り返る二人を絶対零度の視線で見下ろす
「今わかったわ……ヒートがわがままで好き勝手する原因」
びしり、とボスであるサーフを指差す
「サーフ!あなたヒートに甘すぎるのよ!!」
「ん?ああ、そうだな」
がくり、と膝が崩れ落ちそうになった
「自覚あるのなら治しなさいよ!?ボスでしょ!?」
「お断りだ!俺はヒートを甘やかすと決めたんだ!絶対に!」
えーーーー……?とアルジラとシエロ、二人に困惑の空気が流れる
ヒートに至っては話の内容が全く理解できていないようだ
まさかこんなに堂々とえこひいき宣言されるとは、エンブリオンの未来に不安を感じる
「ボスが誰を重要ととるかは判断に任せる。だがそれとこれとは話が別だ、サーフ。お前には我々エンブリオンをニルヴァーナへと導いてもらわねばならない。トライブにとっての問題があるならば解決は必然だ」
ゲイルだけは場に流されることなく理路整然とボスの責任問題を非難した
「勿論、そこは分かっている。ヒート、そもそもなんでお前はそんなに喰らうことに貪欲なんだ?欲求不満なのか?」
目の前の赤毛を人さし指に絡ませくるくると弄りながらサーフが物凄いことを尋ねているが、幸いにもこの場に言葉の意味を理解できるものはまだ誰もいなかった
「ヨッ…キュー?よく分からねぇけど、別に腹が減ってる訳じゃねぇよ」
髪を弄る指を鬱陶し気に払いのけ、気難しい表情で唇の辺りを撫で擦る
「ただ、なんか……口の中に何か入ってねーと落ち着かないっていうか……牙がムズムズするっていうか……」
「なるほど、一種の依存症状だな。飴ちゃん舐める?」
「貴重なソーマドロップをそんなことに使わないで頂戴!!」
ベンダーで購入することすらできない重要アイテムを簡単に口に放り込もうとするトライブトップの頭を叩く
「何かを咀嚼し続けることは神経を安定させ思考をクリアにするとは聞いている。ヒートにその必要性があるかどうかは疑問だが、必用ならばこのそこら辺りに落ちていた何の部品かも分からないネジでも口に含んでいればいい。一生なくならない」
「ふざけんな誰が喰うかそんなもん!!」
もしかすると内心で面倒臭くなってきているのでは、と疑いたくなるエンブリオンの頭脳役の発言にはヒートが噛みついた
「ならばどうする。ずっとシエロを口に入れておくつもりか」
無表情ながらもどこか責めるように真っ直ぐとこちらへ向けられる視線と、ヒィ!!と長椅子の上で身体を縮こまらせる仲間の姿に舌打ちする
さっきのはニュービー狩りを終えて気が立っているときに目の前をチョロチョロと飛ぶのが鬱陶しくてつい捕まえてしまっただけだ
食べる気など更々なかったし、ちょうどいいからアルジラに見つかるまで牙のうずきを治めるために含んでいた事がまさかこんな大事になるとは、ヒートは先の行動を後悔した
「ゲイル、そのくらいにしておけ。俺に考えがある」
いまだアルジラに小言を言われながらぺしぺしと叩き続けられているサーフが、わかったわかったとあしらいながら仲間全員を見回す
「少しの間、ヒートと二人だけにしてくれ。大丈夫、ちゃんと解決するさ」

***

「絶対に甘やかさないでよ?ちゃんと解決してよね!」とシエロを背におぶり退室したアルジラ、無言の圧力を残してゲイルがそれに続く

「さて、ヒート」
人数が減り殺風景に輪をかけた作戦室の中でサーフがヒートに向き直る
一方ヒートはつんと唇を尖らせそっぽを向いていた
何を言われても聞きはしない、という態度全開である
思わず苦笑し、警戒を解くよう気楽な声で話し出した
「安心しろよ、別にお前に我慢しろとか耐えろって話じゃない。むしろ逆だ」
「あぁ?」
アルジラにあれほど念押しされていただろうに、サーフの発言の意図が分からず怪訝な表情を浮かべる
「ヒートのしていることは、好奇心旺盛な猫が目につく物にじゃれついて遊んでるようなものだ。何も責められることじゃない。ただ、猫が鳥にじゃれつくと加減が分からず怪我をさせるし下手すると殺してしまう。相手によっては、それは時には猫自身を滅ぼす事にもなる」
ますます分からない
自分はあの時たま見掛ける四つ足の生き物ではないし、トリというものが何なのかも知らない
ただ、この物事を講釈するように語るサーフの話し方は、何となく気に入らなかった
「……何が言いたいんだよ、お前は」
「つまり、猫は猫同士で仲良くじゃれようって話だ」
いつの間にかすぐ目の前まで距離を詰められていて、思わず身を引こうとした所を両肩を掴まれ封じられる
「口寂しさをまぎらわす代替じゃない、本当に満たされる行為をお前に教えてやるよ」

息を呑む音と、少しの水音
布同士が摩擦する乾いた音が作戦室に小さく響いた


***

………ぁに、すんっだてめぇーーーー!!!!という怒号が背後から聞こえてくる

「ああもう、言わんこっちゃない……」
「兄貴、大丈夫かな?ヒート逆ギレして殴ったりしてんじゃね?」
おぶさりながら心配そうに後ろを振り返るシエロをあやすように揺すってあげて、アルジラはもうどうとでもなれと投げ出した
少なくとも、あの気難し屋が何かしら懲りるような事はしてくれたのだろう
ちらりと振り返ったゲイルが軽く眉間に手を触れる
「……サーフの考えは、理解不能だ」
「まったくね」
この時ばかりは無感情な参謀に全面同意した

後日、ヒートが無意味に暴れまわる事はぱたりと無くなったそうである


END.


*初アバチュ
仲良しエンブリオン

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