家宝(頂き物文)

□真田誕生日祝SSS
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低血圧の荒垣、彼の寝起きの悪辣振りは最早最強クラスと呼称するに相応しいものであったが、それは今日と言う、親愛にして最愛なる者が一つ年齢を増す特別な日でも何ら変わらず。否、その日を特別と思っているのは真田自身であり、荒垣はそうは認識してはおらぬのかも知れない。
また深更に染まった街中を当ても無く徘徊していたのであろう、灰暗い闇の匂いを身体に纏った儘眠る荒垣の寝台に身体を滑り込ませ、その寝顔を頬杖を突いて観察する。寝ている時でさえ些か眉間に皺を寄せている風に見受けられる新鮮味の感じられぬ寝顔。その寝顔に惹き付けられてしまうのは、恐らく己だけでは無いだろうか。いやそうで無くてはならない。己以外にこの男に関心を持つ人間なぞ誰一人とておらぬとも良いのだ。

(ふむ。これが独占欲、と言うものなのか)

蒼い目にブロンドの髪を持つ機械少女の如く、成る程な、と一人学び一人満足気に頷く。荒垣の手を己の手の平で、ぎゅうぎゅうと包み込むと、何とも言えない幸福感を享受出来た。まるでそう、個々の身体が指先から漸く一つに繋がった様な一体感。本来は身も魂も一つのものであったかの様に。

(きっと、この手を離しては駄目だろうな。全てが壊れてしまう、そうだろうポリデュークス)

分身に語り掛けると、心の深淵で微かな啼き声を聞いた。握った手から魂の共鳴を感じる。どうやら荒垣の持つ法王アルカナを宿したカストールも、真田に同意しているらしかった。苦い笑みを洩らす。分かった分かった、お前もこの男が心配なんだな。灰暗い闇の中で漆黒の騎馬が頷く。

(…………何だあれは)

刹那、真田は気付いた。カストールの胸に深く突き刺さった弓矢。あんなものあったのか、いつから、何故。疑問符が脳裏に次々と浮かぶ。その間もカストールはジッと何かを訴える様にして此方を見据えていたが、真田が詳しく問い質す前に気配を掻き消して自ら居なくなってしまった。こうなれば幾ら呼んでも意地でも出て来ぬ事を知っていた。こう言うところは、主人にとても良く似ている。

(分身とは言え、色濃く反映するのも厄介な事だなポリデュークス)

返事は無かった。気配はするのだが。お前もか、と若干拗ねた顔付きで真田は荒垣の腕を引き寄せてしがみ付く。もう良い。兎に角、俺がこの男から離れなければ良いのだろう、ならば話は簡単だ。何処かで聞いているであろう双子に強引に言い聞かせ、真田は目を伏せる。
荒垣は眠った儘でいた。寄り添い、肩口に額を預けて鼻先を近付ける。どうせ来年の誕生日でもコイツは恐らくどうでも良さそうな顔をして寝ているんだろう、リアルに浮かぶ来年の誕生日の様子に一人苦笑を溢して、真田は荒垣の腕に絡める指の力を一層強いものへと変えた。



求不得苦とは、求めるものが得られぬ苦しみである。己が半身を守る一心で足掻いて藻掻いて強引に渇望する力を得た、法王のアルカナを持つ男の代償は、酷く、無慈悲な。
怨憎会苦とは、憎しみを感じるものと出会う苦しみである。その強引に力を得た男により、母親を殺害された正義のアルカナを持つ少年の、懊悩とした苦悶の日々。まだ小さな器に溢れんばかりの憎悪を潜ませ。
愛別離苦とは、愛するものと決別する苦しみである。この先、皇帝のアルカナを持つ男はまた味わわねばなるまい。両親と妹を喪い、そして魂の片割れをも喪わねばならぬ悲愴に帯びた世界を!



今は唯、何も知らず、温もりを共有出来る幸福感情に溺れながら待つ。その瞬間を。彼を想いながら、何気無い今日と言う日々を一人懐かしみ振り返るその時迄。



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