家宝(頂き物文)

□人気者は辛いよ
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とある日の昼休み

職員室に用事があった美鶴は、教室を出て職員室に向かう。
1階に降りると、売店にはパンを買い求める生徒が群がっていた。
その横を通り過ぎようとしたとき「美鶴!」と聞きなれた声がして、美鶴は立ち止まる。
売店の生徒の群れの中からやってきたのは明彦だ。
「美鶴、こんなところで何やってるんだ?」
「職員室に用があってな…。それはそうと明彦、すごい量のパンだな。」
明彦は大量のパンを抱えている。
「ああ、部活の前にも食べるからな。これでも足りないくらいだ。」
「…そ、そうか。」
美鶴の頭に、ボクサーなのに炭水化物ばかり摂っても大丈夫なのかと疑問が浮かぶか敢えて言わないでおく(どうせ言ったって聞きやしない)

ふと明彦を見ると、リボンタイが曲がっているのが目に入った。
たぶん、パンを買うときに人に揉まれて崩れてしまったのだろう。
「明彦、タイが曲がってるぞ。」
美鶴はそう言って明彦のリボンタイに手を伸ばす。
「あぁ、悪いな。」
両手がパンで塞がっている明彦は、おとなしく美鶴に従う。
売店にいた生徒達は、その様子を見て急にざわめきだす。
まさかそのざわめきが自分たちに向けられたものだとは、鈍感な二人が気付くわけもなく…
「全く明彦は…手がかかるな。」
口調こそ厳しいものの、美鶴の顔は笑っている。
キュッとタイを整えて「ん、これでいいだろう」と、タイを軽くポンと叩く。
「手間をかけさせて悪いな。」
「これくらい構わないさ。」
二人はそう言って別れようとしたとき、周りの視線にやっと気付いた。
「…これは…なんの騒ぎだ?」
「…さぁ?」
きゃあきゃあと騒ぐ女生徒達…
まるで芸能人でも見るかのような視線を感じる。

「ちょ、先輩たち、こんな公衆の面前で何やってんですか!」
「目立ちすぎですよ。」
偶然1階を通りかかり、一部始終を見ていたゆかりとリーダーの『彼』が、人ごみを掻き分けてやってきた。
「お前たち…!この騒ぎは一体なんなんだ?」
「なんなんだ、じゃないですよ。先輩たちが人前であんなことしたら騒がれるに決まってるじゃないですか!」
「…?タイを直しただけじゃないか。」
「それを、先輩たちがやったら騒がれることになるんですよ。」
全くもって理解できない、といった風な明彦と美鶴に、ゆかりは盛大に、『彼』は小さくため息をついた。

この2人はあまりに鈍感すぎる。
タイを整えただけ…
それだけでも、無駄に外見の良い二人が向き合ってそんなことをしていれば、背景には薔薇が咲き乱れ、人目を引くのは当然なのである。
自分たちが学内でも指折りの人気を誇っていることを自覚しているのだろうか。
しかも、その二人が付き合ってるのか、付き合っていないのか…
付き合っていないにしても仲が良すぎるだとか
名前で呼び合うくらいなんだから、特別な関係なんではないかとか(特に美鶴を名前で呼ぶなんて明彦くらいだろう)
そんな噂が絶えない。
そしてその噂の矛先は、『質問攻め』という形で同じ寮に済んでいるメンバーたちに向けられるのであった。

「あーもう!先輩たち、学校でイチャつかないでくださいよ!」
寮に帰ってくるなりご立腹のゆかりは、ラウンジのテーブルを両手で『バンッ』と叩いて抗議する。
長いソファーに並んで座っている明彦と美鶴は目を丸くした。
「何をそんなに怒ってるんだ?岳羽は…」
ゆかりの様子に明彦は顔をしかめる。
「先輩たちが学校でイチャつくたびに、みんなから質問攻めにあって迷惑するのは私たちなんですからね!」
ゆかりの横では『彼』がうんうんと頷いている。
「別に私と明彦はイチャついてなどいない。今日だって明彦のタイを直していただけじゃないか。」
「そういうのを『イチャついてる』って周りはとるんです。」
ゆかりは腕を組んでふんぞり返る。
「…そんなこと言われてもな…。俺たちは普通にしてるだけだぞ?」
「わかってます。でも先輩たちの『普通』は『普通』じゃないんです。だって私、ここに来たとき先輩たちは付き合ってるもんだと思ってましたし。」
「え?そうだったのか、岳羽…。」
美鶴は驚いたような顔をしている。
「…まさか君たちに迷惑をかけているのはな。さて、どうしたものか…。」
うーんと頭を悩ませる二人に
「そんなの簡単じゃないですか」
とゆかりがため息をもらす。

「先輩たちが学校で話さなければいいだけです。」
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